富ヶ谷鳥見神社|富ヶ谷村の鎮守
富ヶ谷鳥見神社の概要
富ヶ谷鳥見神社は、白井市復にある神社です。富ヶ谷鳥見神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には富ヶ谷村の鎮守として祀られ、旧社殿は慶安元年(1648)の造立だったそうです。明治維新後の社格制定に際し村社に列格していましたが、現在は宗教法人としての登記はありません。
社号 | 鳥見神社 |
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祭神 | 饒速日命、富美屋毘賣命、宇麻志摩遅命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
住所 | 千葉県白井市復674 |
祭日 | - |
備考 | - |
富ヶ谷鳥見神社の由緒
富ヶ谷鳥見神社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には富ヶ谷村の鎮守として祀られ、旧社殿は慶安元年(1648)の造立だったそうです。明治維新後の社格制定に際し村社に列格していましたが、現在は宗教法人としての登記はありません。
「印旛郡誌」による富ヶ谷鳥見神社の由緒
鳥見神社
村社
復村字仲下
饒速日命
不詳
間口九尺奥行九尺
官有地第一種三一八坪
氏子七戸 (「印旛郡誌」より)
境内石碑による富ヶ谷鳥見神社の由緒
鳥見神社再建記念碑
富ヶ谷区鳥見神社は饒速日命、富美屋毘賣命、宇麻志摩遅命を祀る。鎮座年暦は不詳。旧社殿は慶安元年(一六四九)に建立されたと伝えられる。代々に亘り当区産土神社として崇め奉れて参りましたが、其の尊い神様の神留まり坐す社殿も三百数十年の年月を経て老朽化も甚だしく、破損箇所も目立ち尊厳の護持も難しい状態と成りました。近時、改修の気運が起こり、氏子数が僅か九戸の小規模村ではありますが、よく心を合わせ協議の結果「新造営」が決議されました。直ちに建設委員会が構成され、氏子崇敬者からは予算を上回る奉賛金が寄せられ、起工より神霊の加護の下、恙なく立派に目出度く竣工しました。此れを後世に伝え、向後に氏子崇敬者皆様の繁栄を輝かしい未来への大いなる祈りを込めて記念の石碑を建立します。
平成十一年(一九九九)年十二月吉日(境内石碑より)
富ヶ谷鳥見神社の周辺図