本佐倉妙見神社|印旛郡酒々井町本佐倉の神社

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本佐倉妙見神社|印旛郡酒々井町本佐倉の神社

本佐倉妙見神社の概要

本佐倉妙見神社は、印旛郡酒々井町本佐倉にある神社です。本佐倉妙見神社は、千葉勝胤が天文年間(1532-1555)に本佐倉城を築城した際、二の丸の中腹に創祀、本佐倉城の守護神として祀られていたといいます。天正年間(1573-1592)に本佐倉城は落城、その後は根古屋の人々により護持されているそうです。

本佐倉妙見神社
本佐倉妙見神社の概要
社号 妙見神社
祭神 香々背男命
相殿 -
境内社 諏訪神社
例祭日 10月15日
住所 印旛郡酒々井町本佐倉781
備考 -



本佐倉妙見神社の由緒

本佐倉妙見神社は、千葉勝胤が天文年間(1532-1555)に本佐倉城を築城した際、二の丸の中腹に創祀、本佐倉城の守護神として祀られていたといいます。天正年間(1573-1592)に本佐倉城は落城、その後は根古屋の人々により護持されているそうです。

「千葉県神社名鑑」による本佐倉妙見神社の由緒

文明年間、千葉介一九代輔胤が本佐倉城を築いた時、城内鎮守として創祀。天正年間の落城後、村民が崇敬現在に至る。(「千葉県神社名鑑」より)

「酒々井町史」による本佐倉妙見神社の由緒

妙見神社(根古谷)
酒々井町には妙見神社が、本佐倉の根古谷と猿楽場の二社ある。妙見神社は中世・下総地方の守護大名であった千葉氏の氏神として知られている。祭神は香々背男命となっているが、妙見神社は本来、北斗七星の中心である北辰星と関係のある妙見菩薩である、神仏分離の際に香々背男命となったものであろう。千葉氏のあるところ妙見神社あり、妙見神社のあるところ千葉氏の城跡・館跡ありといわれるほど千葉氏と関係の深い神社である。
本佐倉は本佐倉城のあった関係からか、戸数の少ない割りに神社が多く、妙見神社二社と諏訪神社・愛宕神社・厳島神社の五社がある。根古谷の妙見神社(村社)は、本佐倉城跡の二の丸の中腹にあって、本佐倉城の守護神として祀られ、崇敬されたものと思われる。現在は根古谷の人々によって守られている。
香々背男命
由緒
天文年中、千葉勝胤下総国印旛郡本佐倉に城を築き、城内鎮守に勧請、天正年中落城の後、村中信者にて修繕仕候と古老の申伝に候(宗教法人登録台帳)
合祀:五穀守護五社神社(「酒々井町史」より)

「印旛郡誌」による本佐倉妙見神社の由緒

村社妙見神社
本佐倉村字根古谷にあり香々背男命を祭る天文中千葉勝胤下總國印旛郡本佐倉村に城を新築し城内鎮守に勧請天正年中落城の後村中信者にて修繕仕居候と老老の申傳に候社殿間口二間奥行二間境内四百二十坪(官有地第一種)あり、神官は郡司秀綱にして氏子十二戸を有し管轄廳まで五里四十一間あり境内一社あり即
一、五穀守護五社神社。天照大神少彦名命倉稲魂命、大己貴命、埴安媛命を祭る舊領堀田大蔵太夫殿より五穀爲成就村民にて年々春秋兩度祭典可被致旨仰出候に付寛政十一未年二月新築し未た村中にて年々春秋社日祭典仕候建物石三寸五角(神社明細帳)(「印旛郡誌」より)


本佐倉妙見神社の周辺図