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根村氷川神社|板橋区双葉町の神社、下板橋宿上宿の鎮守

根村氷川神社の概要

根村氷川神社は、板橋区双葉町にある氷川神社です。根村氷川神社は、応永年間(1394-1427)に大宮氷川神社から勧請されたと伝えられます。江戸期には下板橋宿上宿の鎮守として崇敬され、昭和16年村社に列格していました。

氷川神社
氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素戔鳴尊
相殿 倉稲魂命
境内社 -
祭日 -
住所 板橋区双葉町43-1
備考 根村、板橋宿上宿の鎮守、旧村社



根村氷川神社の由緒

根村氷川神社は、応永年間(1394-1427)に大宮氷川神社から勧請されたと伝えられます。江戸期には下板橋宿上宿の鎮守として崇敬され、昭和16年村社に列格していました。

新編武蔵風土記稿による根村氷川神社の由緒

(下板橋宿)
氷川社
鎮守なり正雲庵持
末社牛頭天王 稲荷(新編武蔵風土記稿より)

板橋区教育委員会掲示による根村氷川神社の由緒

御祭神素盞嗚命
創建年代は不明であるが、社伝によると応永年間(1394-1427)に大宮氷川神社から勧請されたと伝えられている。当社は松山氷川大明神と称し、旧根村、板橋宿上宿の産土神として崇敬された。
相殿として祀られている倉稲魂命は、もと下板橋稲荷台の新堀山に鎮座していた新堀稲荷社で、板橋城廃城後、太田道灌の家臣新堀氏がこの地で奉斎したもの。下って、明治40年合祀令によって氷川神社に合祀された。(板橋区教育委員会掲示より)

「いたばしの神社」による氷川神社の由緒

社伝に応永年間武蔵一の宮氷川神社より勧請という。当社の鎮座する板橋宿は往古より江戸四宿の一つとして繁栄し、当社は松山氷川大明神と称し産土神として地方民の崇敬篤かった。又相殿として合祀した蒼稲魂命は、もと下板橋稲荷台の新堀山に鎮座せる新堀稲荷神社であって、板橋城廃城後太田道灌の家臣新堀玄蕃氏がこの地に奉斎を続け、降って明治四十年合祀令に基づき当社に合祀された。旧社格は昭和十六年十月村社に列せられた。(「いたばしの神社」より)

東京都神社名鑑による根村氷川神社の由緒

社殿に応永年間(一三九四-一四二八)武蔵一の宮氷川神社より勧請と伝えられるが、創建年代は不詳。江戸期には根村松山氷川明神の社名が見られ、江戸四宿の一つ板橋宿(上宿)を含む産土神として崇敬せられた。社殿は棟札によると文政十三年(一八三〇)・明治三年・昭和八年と改築を重ね現在に至っている。相殿の倉稲魂命は、もと下板橋宿新堀山鎮座の新堀稲荷で、太田道灌の家臣新堀氏の奉斎という。くだって明治四十年合祀令に基づき当社に合祀された。(東京都神社名鑑より)


根村氷川神社の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「いたばしの神社」
  • 東京都神社名鑑