轡神社|徳川家康の乗馬のくつわを祀る
轡神社の概要
轡神社は、板橋区仲町にある神社です。轡神社の創建年代は不詳ですが、名称の由来は、当地を訪れた徳川家康の乗馬のくつわを祀ったからとも、また馬蹄を祀ったからともいわれています。
社号 | 轡神社 |
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祭神 | 倭建命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
祭日 | 10月11日 |
住所 | 板橋区仲町46 |
備考 | - |
轡神社の由緒
轡神社の創建年代は不詳ですが、名称の由来は、当地を訪れた徳川家康の乗馬のくつわを祀ったからとも、また馬蹄を祀ったからともいわれています。
新編武蔵風土記稿による轡神社の由緒
(下板橋宿)轡権現社
是れも東照宮御乗馬の轡を祭りしとも、また、御履を祭るとも云へど慥ならず、社に丸の内十文字の紋を彫れり、人祈れば必験ありと云、祈る者は社内に納る所の履の半片を借て、己が家に祀り、報賽の時一雙の履を納むとなり、村民持。(新編武蔵風土記稿より)
板橋区教育委員会掲示による轡神社の由緒
御祭神倭建命
もと轡権現社と呼ばれていました。名称の由来については、この地を訪れた徳川家康の乗馬のくつわを祀ったからとも、また馬蹄を祀ったからともいわれています。江戸時代から「百日ぜき」に霊験がある神として広く信仰を集め、遠方から参拝に来る信者で賑わったといいます。信者は病気の治癒を祈るとともに、当社に奉納されている馬わらじの片方と麻をいただいて帰り、全快すると新しい馬わらじと麻を当社に奉納しました。
社前の道路は、俗に鎌倉街道といわれた古道で、この道が石神井川を渡るところが本来の「板橋」という説もあります。(板橋区教育委員会掲示より)
「いたばしの神社」による轡神社の由緒
寿永年間の鎮座と古老は伝える。治承の昔、源義経が奥州平和泉から鎌倉へ馳せ参ずる時、乗馬は疲れてゴホンゴホンと咳をしてたおれた。義経は新しい馬に乗って先を急いだが、村人たちは馬を葬り、そのくつわをはずしてまつったという。
又の伝説は、徳川家康が固めぐり際、この地に到つて馬の疲れを休めたが、後に残されたくつわを村人たちがまつったともいわれている。(「いたばしの神社」より)
東京都神社名鑑による轡神社の由緒
もと轡権現社といった。徳川家康の乗馬のくつわを祭ったともまた、馬蹄を祀ったともいわれる、江戸時代から百日咳の神様として広く信仰されてきた。当社に奉納された馬のわらじの片方と、麻をいあだいてまじないをすると霊験があり、全快後、新しいわらじ一足をお返しする風習がある。戦前は遠方からの参詣者で賑ったが、今は数少ない。(東京都神社名鑑より)
轡神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「いたばしの神社」
- 東京都神社名鑑