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中台馬場崎貝塚|板橋区若木の名所旧跡

中台馬場崎貝塚の概要

中台馬場崎貝塚は、板橋区若木にある名所旧跡です。中台馬場崎貝塚は、明治時代から知られていた貝塚で、発掘調査の結果、縄文時代前期中頃を中心に造られた集落で、当時は東京湾の海が富士見市辺り迄入り込んでいて、この辺りが海に注ぎこむ川の河口付近だったといいます。

中台馬場崎貝塚
中台馬場崎貝塚の概要
名称 中台馬場崎貝塚
みどころ 史跡
区分 板橋区登録文化財
住所 板橋区若木3-4若木三丁目貝塚公園
備考 -




中台馬場崎貝塚

中台馬場崎貝塚は、明治時代から知られていた貝塚で、発掘調査の結果、縄文時代前期中頃を中心に造られた集落で、当時は東京湾の海が富士見市辺り迄入り込んでいて、この辺りが海に注ぎこむ川の河口付近だったといいます。

板橋区教育委員会掲示による中台馬場崎貝塚について

今から約六五〇〇~五三〇〇年前の縄文時代早期末から前期中頃は、気候温暖化に伴う「縄文海進」と呼ばれる海水面の上昇があり、この北側の荒川低地には海水が入り込み、前期中頃には埼玉県富士見市の先まで海が広がっていました。
中台馬場崎貝塚は、明治時代から知られていた著名な貝塚です。昭和四二年の発掘調査では、縄文時代前期中頃の住居跡から、数多くの土器や石器などとともに貝の堆積(貝塚)が発見されました。その貝に河口付近で採れるヤマトシジミが多く含まれていたことからも、当時このあたりは川が海に注ぐ河口近くであったことがわかりました。
昭和五五年、板橋区がこの場所の遺跡確認調査を行ったところ、比較的良好な状態で遺跡が残っていました。そこで、平成二年に「若木三丁目貝塚公園」として保存・整備し、平成五年度にはこの公園部分を板橋区の文化財として登録しました。(板橋区教育委員会掲示より)

「いたばし郷土史事典」による中台馬場崎貝塚について

中台馬場崎貝塚(若木二丁目三番六号)
縄文前期諸磯a式期の貝塚。戦前大山史前学研究所が「中台貝塚」として調査している。昭和四二年一月東京都武蔵野郷土館吉田格氏発掘調。縄文前期諸磯a式土器を伴う堅穴住居祉三軒検出。磨製石斧七、打製石斧二、石皿・敲石・磨石各一市発見。自然遺物は、ヤマトシジミが主体貝類。他にハマグリ、マガキ、オキシジミ、ツメタガイ、ハイガイなど。魚類は、ボラ、スズキ、クロダイ、コイ。獣類はニホンジカが見つかっている。昭和五五年三月、貝塚上に建つ木造住宅が取り壊された機会に板橋区が確認調査を実施し、縄文早期のフアイヤー ・ピット八基、堅穴住居三軒(縄文後期・弥生後期・不明の各1) を確認。土器片は縄文の前期諸磯a式が最多、以下後期・早期・晩期の順で、弥生後期も発見された。(「いたばし郷土史事典」より)


中台馬場崎貝塚の周辺図