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飛鳥山公園|北区王子の名所旧跡、武蔵千葉氏の居城

飛鳥山公園の概要

飛鳥山公園は、北区王子にある名所旧跡です。飛鳥山公園は、荒川低地に面し、東と西に大きく入り込んだ谷に挟まれた台地上にある室町時代の城跡です。王子城は、康正二年(一四五六)に千葉自胤が入城、太田道灌に従って各地を転戦し、武蔵千葉氏の基盤となったといいます。北条氏が武蔵国へ進出した際には、北条氏に従い、北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされた天正18年(1590)に廃城となったといいます。

飛鳥山公園
飛鳥山公園の概要
名称 飛鳥山公園
みどころ
区分 観光名所
住所 北区王子1-1
備考 -




飛鳥山公園

飛鳥山は、寛永10年に徳川家光が王子権現社(王子神社)に寄進した地で、八代将軍徳川吉宗は、享保5年(1720)以降当地に桜を植えて整備、桜を中心とした花の名所として江戸庶民の行楽地として賑わっていたといいます。明治6年には公園に指定され、現在は渋沢史料館や紙の博物館などもあり、現在も賑わっています。

新編武蔵風土記稿による飛鳥山公園について

(王子村)
飛鳥山
飛鳥明神社ありしを以て此名あり、其社は寛永十年王子権現の社地に移さる、今山中に地主山と称せる小高き所あり、即社址にして、當今御立場と稱す、元は瀧野川村に屬せし地なりしに、有徳院殿王子権現へ御寄附ありしと云【野間系図】に、藤市郎政成寛永正保の間瀧野川村に續きし飛鳥山の林を賜ふ、子孫藤右衛門武正か時元文二年三月晦日飛鳥山の林に櫻を植らる、是によりて其地は上りて替地を賜りしと云、又或書に、元文二年飛鳥山に櫻を植らるゝにより野間藤右衛門が采地を召上られ、同年三月晦日幡ヶ谷中新井兩村にて替地を賜ふとも見ゆ、然るに権現別當金輪寺記録の内元文二年三月六日大岡越前守に答へしものに、飛鳥山の櫻は享保五年二百七十本植付られ、翌五年又千本を植添らるとあり、是に據は野間か知行たりし頃より既に櫻樹の御植付ありしこと知らる、又同寺の記に、元文二年三月十日此川を権現社地に附せられ、同年十一月成嶋道筑に仰せて碑石を建らる、其文下に出す、同き四年冷泉爲久卿當所櫻の詠あり、又同し頃冷泉爲村卿・油工事高前卿等の詠歌及當所十二景の詩歌抔有て一時其名の稱せられし事も推て知らる、其の和歌集はともに金輪寺に蔵す、十二景詩の序文は享保十八年林信充の撰なり、其畧云、飛鳥山在武州豊嶋郡瀧野川、其爲境也、
(以下中略)
と是にても権現社地とならさる前櫻樹のありしこと明けし、元文三年二月飛鳥山下假そめの水茶店五十四ヶ所、楊弓場三ヶ所、音無川兩土手水茶屋九ヶ所を許さると云【江戸志】に、此山舊くは欅樹のみ多かりしか、享保の末公より命せられて櫻樹を數千本植しめらる、春毎に其花爛漫として誠に壮観なりしかは、遊客數多つとへり、元文の頃藤原勝行といへる老翁ありて、こゝに短冊を繋き遊客のよめる和歌をこひ集めしを、寛保の頃台覧に備り白銀を賜はりしと、又金輪寺の記に寛保二年延享元年此山へ松を植付られ、同三年金輪寺より松三十本、楓百五十本櫻十三本、躑躅十三株を植へ、天明二年金輪寺の願に依て櫻の御植足ありしと云、此山惣段別四町五段にして、眺望打開け東の方筑波日光の山々、及下總國國府臺を望み、又近郷の村落荒川の流など眼下に見ゆ、
飛鳥山碑銘(碑文省略)
碑石の竪六尺八寸幅六尺餘、碑陰に飛鳥山四至傍示自至坤七十三歩自巽至乾二百二歩とあり、(新編武蔵風土記稿より)


飛鳥山公園内の文化財

  • 飛鳥山碑

飛鳥山碑

八代将軍吉宗は、鷹狩りの際にしばしば飛鳥山を訪れ、享保五年(一七二〇)から翌年にかけて、一七二〇本の苗木を植栽した。元文二年(一七三七)にはこの地を王子権現社に寄進し、別当金輪寺にその管理を任せた。このころから江戸庶民にも開放されるようになり、花見の季節には行楽客で賑わうようになった。この碑文は、吉宗が公共園地として整備したことを記念して、幕府の儒臣成島道筑(鳳卿・錦江)によって作成されたもので、篆額は尾張の医者山田宗純の書である。碑文の文体は中国の五経の一つである尚書(「書」または「書経」ともいう)の文体を意識して格調高く書かれており、吉宗の治世の行き届いている太平の世であることを喧伝したものと考えられる。碑文には元亨年中(一三二一~三)に豊島氏が王子権現(現在の王子神社)を勧請したことから、土地の人々がこれを祀ったこと、寛永年間に役人は祭りを復元し、三代将軍家光公の命を受けて、昔の形のまま祠を新しくしたことなどが記されている。
異体字や古字を用い石材の傷を避けて文字を斜めにするなど難解な碑文であり、「飛鳥山何と読んだか拝むなり」と川柳にも読まれたほど、江戸時代から難解な碑文としてよく知られている。(東京都教育委員会掲示より)

飛鳥山公園の周辺図


参考資料
  • 新編武蔵風土記稿