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白金氷川神社|港区白金の神社、白金村・白金台町・今里村等の鎮守

白金氷川神社の概要

白金氷川神社は、港区白金にある氷川神社です。白金氷川神社の創建年代は不詳ですが、白鳳年間(673~685)の創建とも伝えられます。江戸時代には、白金村、白金台町、今里村(いずれも港区白金・港区白金台)等の鎮守ともなっており、明治5年村社に列格していたといいます。

白金氷川神社
白金氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞鳴尊、日本武尊、櫛稲田姫尊
相殿 -
境内社 建武神社、稲荷神社
祭日 9月14・15日例祭日
住所 港区白金2-1-7
備考 -



白金氷川神社の由緒

白金氷川神社の創建年代は不詳ですが、白鳳年間(673~685)の創建とも伝えられます。江戸時代には、白金村、白金台町、今里村(いずれも港区白金・港区白金台)等の鎮守ともなっており、明治5年村社に列格していたといいます。

白金氷川神社境内掲示による白金氷川神社の由緒

白鳳年間(今から1338年前)に所謂白金邑の総鎮守の氏神様として建立せられた。明和9年目黒行人坂から出た火災により類焼、その後宝暦2年大規模な権現造りの御社殿が御造営され嘉永5年には拝殿が銅葺せりと伝えられ立派な建物であったが、昭和20年4月25日大東亜の戦禍にあった。昭和33年秋、現在の御本殿・拝殿・参道・社務所等境内整備に至る迄造営大工事が竣工した。(白金氷川神社境内掲示より)

新編武蔵風土記稿による白金氷川神社の由緒

(麻布領白金村)氷川神社
社地除地540坪。年貢地1544坪。村の巽にあり。勧請の年代詳ならず。当村及び白金台町今里村等の鎮守なり。本社2間に5間、拝殿3間に2間、前に甍あり。門前に石階20級ありてその下に石鳥居をたつ。両柱の間2間、氷川大明神の五字を扁す。祭礼は年々9月17日なり。
神楽堂。門を入て左にあり。2間に3間半。
稲荷社。門を入て右にあり。(新編武蔵風土記稿より)

「芝區誌」による白金氷川神社の由緒

氷川神社 白金三光町
白鳳年間の創立に係ると傳へられてゐる。明和九年目黒行人坂から出た大火に類焼し、現在の社殿は其後再建したもので、明治初年まで報恩寺住職が別當になつてゐた。本神社は白金の鎮守で、明治五年村社に列した。(「芝區誌」より)

東京都神社名鑑による白金氷川神社の由緒

白鳳年中(六七二-八六)に白金の総鎮守として建立せられたが、明和九年(一七七二)目黒行大坂から出た火災により、類焼。その後、宝暦二年(一七五二)御造営、嘉永五年(一八五三)拝殿を銅茸にしたと伝えられる。日本武尊東征の時、しばらく此の地にとどまり、四辺を征定し、日々この丘にのぼり武蔵国一の宮(埼玉県氷川神社)を遥拝し給いし旧跡である。(東京都神社名鑑より)


白金氷川神社の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東京都神社名鑑
  • 「芝區誌」