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光闡山道教寺|港区赤坂にある真宗大谷派寺院

道教寺の概要

真宗大谷派寺院の道教寺は、光闡山と号します。道教寺は、権律師政受祐念(明暦元年1655年寂)を開基として慶長3年(1598年、一説に元和3年1617年)創建、寛永12年(1635)神田神保町から当地へ移転したといいます。

道教寺
道教寺の概要
山号 光闡山
院号 -
寺号 道教寺
住所 港区赤坂7-6-5
宗派 真宗大谷派
葬儀・墓地 -
備考 -



道教寺の縁起

道教寺は、権律師政受祐念(俗名佐野氏政受、明暦元年1655年寂)を開基として慶長3年(1598年、一説に元和3年1617年)創建、寛永12年(1635)神田神保町から当地へ移転したといいます。

「赤坂區史」による道教寺の縁起

眞宗大谷派道教寺
起立の年代は判然しないが、慶長の末とも、元和の頃とも云ふ。開基は権律師釋祐念、俗名佐野氏政受(明暦元年五月朔日寂)で、参州佐野傳右衛門政長の次男である。兄の與八郎政宣は、秀忠将軍の代に、大番頭を勤めた人であつた。祐念は若年にして道心を發し、本願寺宣如上人に歸依して専修念佛の門に入り、慶長の末或は元和の頃、江戸に来つて、麹町神保小路に當寺を草創したが、その寺地が寛永十二年御用地に召上られ今の地を替地として賜つたので、同年引移つた。與八郎政宣の子孫は、文政の頃佐野豊前守と稱し、小普請組支配を勤めたもので、文政寺社書上には「佐野豊前守今以檀家に候」と録上してゐる。當寺の紋所劔木瓜は佐野家の紋である。(「赤坂區史」より)

東京名所図会による道教寺の縁起

道教寺は。臺町三十四番地に在り。真宗大谷派にして。光闡山と號す。開基は権律師政受祐念といふ。毎月三日講習會の説教あり。本堂は土蔵造にして。南畔に大河原氏夫妻の碑を建置せり。新編江戸志に「往古麹町神保小路なり寛永十二乙亥年二月廿八日今の地に移さる」と見ゆ。(東京名所図会より)

御府内寺社備考による道教寺の縁起

東本願寺赤坂寺町
光闡山道教寺、境内古跡拝領地四百八十一坪余
起立之儀慶長三未とも元和三とも申候。開基権律師釋祐念糀町迄神保小路ニ而寺地草創仕処御用地ニ被召上寛永十二年二月廿八日為替地今之地所移転仕候。(御府内寺社備考より)


道教寺の周辺図


参考資料
  • 「赤坂區史」
  • 東京名所図会