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長玄寺|港区元麻布にある浄土宗寺院

長玄寺の概要

浄土宗寺院の長玄寺は、市谷山と号します。長玄寺は、京都本願寺第12世准如上人の弟子釋観利(山本勘助の孫喜助、承応3年1654年卒)が開基となり、寛永5年(1628)市ヶ谷に創建、享保3年当地へ移転したといいます。

長玄寺
長玄寺の概要
山号 市谷山
院号 -
寺号 長玄寺
住所 港区元麻布3-5-16
宗派 浄土宗
葬儀・墓地 -
備考 -



長玄寺の縁起

長玄寺は、京都本願寺第12世准如上人の弟子釋観利(山本勘助の孫喜助、承応3年1654年卒)が開基となり、寛永5年(1628)市ヶ谷に創建、享保3年当地へ移転したといいます。

「麻布區史」による長玄寺の縁起

市谷山長玄寺(本願寺派)宮村町二九
開基は釋観利(山本勘助孫喜助、京都本願寺第十二世准如上人弟子、承應三年五月二十七日寂)寛永五年市ヶ谷根来坂に創建されたが、後神田紺屋町(年月不詳)・浅草北寺町幸龍寺(元禄五年)と轉々し、享保三年四月今の地へ移つた。
書家吉田利三の墓がある。利三は阿波の人、名を寛、字を栗柳と云ひ節斎或は南陽と號した。楷行草何れも良くし加へて墨竹の技も巧みであつた。文久弐年八月二十七日年七十八を以て歿した。
又江戸の侠客金看板甚九郎の墓がある。甚九郎は芝神明前に住み亀屋と號し、陸尺手廻人足等の人入業を營んでゐた。明和二年六月二十六日七十二歳を以て卒した。墓石は高さ約五尺餘、臺石に「亀屋」と桐葉の紋を刻し七人の法名を並べてある。中に釋善達信士とあるのが甚九郎である。長男甚九郎、次男安五郎ともに金看板の名を冐し二世三世共に侠名が高かつた。何れも寺内に墓がある。(「麻布區史」より)


長玄寺の周辺図