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久が原東部八幡神社|大田区久が原の神社

久が原東部八幡神社の概要

久が原東部八幡神社は、大田区久が原にある八幡神社です。久が原東部八幡神社は、天平神護元年(765)久が原の高所に創建したといいます。江戸時代に久が原が馬込領と六郷領とに二分され、当社は馬込領の鎮守として奉斎、明治6年村社に列格したといいます。

久が原東部八幡神社
久が原東部八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 誉田別尊
相殿 -
境内社 稲荷神社
住所 大田区久が原2-18-4
備考 -



久が原東部八幡神社の由緒

久が原東部八幡神社は、天平神護元年(765)久が原の高所に創建したといいます。江戸時代に久が原が馬込領と六郷領とに二分され、当社は馬込領の鎮守として奉斎、明治6年村社に列格したといいます。

「大田区の神社」による久が原東部八幡神社の由緒

神護元年(七六五)九月宇佐八幡宮より勧請と伝えられ、久が原一番の高所に奉祭された。久河原が二分されるに及び当社は馬込領久ヶ原村の鎮守として尊崇された。本殿は弘化元年(一八四四)三月再建された。
境内稲荷神社(「大田区の神社」より)

新編武蔵風土記稿による久が原東部八幡神社の由緒

(久ヶ原村本光寺項)八幡社。七面堂の南の方山上にあり、二間に三間、身體は長七寸許の木像甲冑を帯して坐せる状なり、村の鎮守なり、勧請の年代を傳へず、社前に石の鳥居及石階七級あり。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による久が原東部八幡神社の由緒

御創建は天平神護年間(七六五)と伝えられ、豊前(大分県)の宇佐八幡宮より御分霊を勧請奉斎、久が原台地の一番の高所に祀られた。徳川氏が入国してから、東側の馬込領(向・むかい)西側の六郷領(原・はら)二分され、当社は馬込領久が原村の「鎮守さま」として地域の住民から厚い信仰を受けて来ました。
社格、明治六年村社に列せらる。(境内掲示より)


久が原東部八幡神社所蔵の文化財

  • 久が原東部八幡神社社殿(大田区指定文化財)

久が原東部八幡神社社殿

入母屋造。茅葺(火災予防のため銅板で覆う)の社殿は、文久弐年(一八六二)の建築といわれる。
社殿は、欅造りで、軒廻りは簡素ながら蟇股、斗栱をもち、周囲に廻縁を備え勾欄をつけている。向拝は銅板葺。厚い茅葺の社殿は区内でも数が少ない。
また花肘木、宝珠柱など神社建築の様式を整えており、屋根は蓑甲の破風口に見られる深い曲縁など特色もある。(大田区教育委員会掲示より)

久が原東部八幡神社の周辺図




本日休館