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正覚山月桂寺|新宿区河田町にある臨済宗円覚寺派寺院

月桂寺の概要

臨済宗円覚寺派寺院の月桂寺は、正覚山と号します。月桂寺は、関叔碩三座原(慶安5年1652年寂)が市ヶ谷に庵室を寛永9年(1632)創建、江戸城堀の普請に伴い、寛永11年(1634)当地に代地を拝領して遠渓山平安寺と号したといいます。雪山碩林和尚(貞享4年1687年寂)の代に、月桂院殿龍室宗珠大禅定尼(明暦元年1665年寂)の帰依を受けて開基となり、寛文5年(1665)寺領百石の御朱印状を拝領、正覚山月桂寺と改号して雪山碩林和尚が開山、月桂院が開基となったといい、臨済宗関東十刹の一つに数えられました。

月桂寺
月桂寺の概要
山号 正覚山
院号 -
寺号 月桂寺
住所 新宿区河田町2-5
宗派 臨済宗円覚寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



月桂寺の縁起

月桂寺は、関叔碩三座原(慶安5年1652年寂)が市ヶ谷に庵室を寛永9年(1632)創建、江戸城堀の普請に伴い、寛永11年(1634)当地に代地を拝領して遠渓山平安寺と号したといいます。雪山碩林和尚(貞享4年1687年寂)の代に、月桂院殿龍室宗珠大禅定尼(明暦元年1665年寂)の帰依を受けて開基となり、寛文5年(1665)寺領百石の御朱印状を拝領、正覚山月桂寺と改号して雪山碩林和尚が開山、月桂院が開基となったといい、臨済宗関東十刹官寺の一つに数えられました(月桂院は、鎌倉公方足利家を相続した喜連川氏の嫡女です)。その後柳沢吉保が檀越となり、一睡碩秀和が中興開山したといいます。

「牛込區史」による月桂寺の縁起

正覺山月桂寺 鎌倉圓覺寺
寛永九年市谷に起立、寛永十一年河田町に移る。開祖關叔碩三座原、慶安五年二月七日寂。開山雲山碩林和尚、貞享四年正月朔日寂。中興開山一睡碩秀和尚、享保三年十二月廿二日寂。再興檀越永慶寺殿保山元艱大居士、(俗名松平美濃守吉保)正徳四年十一月二日寂。開基月桂殿龍室宗珠大禅定尼、(喜連川左兵衛督頼純の嫡女)明暦元年六月十七日逝去。開基通立院法橋明叔宗哲、寛永廿一年二月廿二地卒。舊境内拝領地五千四十三坪、朱印寺領百石、足利氏に關する什物若干を蔵してゐる。
塔頭に平安院、(起立不詳、開祖關叔碩三座原)松竹庵、(元禄四年起立、開山雪山和尚、開基巨道座原、寳永二年二月四日寂)臥雪庵、(寳永二年九月起立、開祖一睡碩秀和尚、享保三年十二月廿二日寂)などがある。(「牛込區史」より)

御府内寺社備考による月桂寺の縁起

相模国鎌倉郡五山円覚寺附属 市ヶ谷不唱小名
正覚山月桂寺、境内拝領地五千四拾三坪
御朱印寺領百石。
開闢起立之儀者寛永九壬申年開祖関叔碩三座源市ヶ谷稲荷屋敷ニ而初当庵を結ひ住居候処同十一甲戌年同所御堀御普請之節御用地ニ相成右代地願上候。則於当所二千三百石廿九坪寺地拝領被仰付一宇建立仕遠渓山平安寺と号其後雪山代月桂院殿二百石之知行取持相成候。前内百石之地所々為佛供養領当寺ニ○○寄附候ニ付月桂院殿より
大猶院様御代慶安二巳丑年十一月
御朱印之(中略)
開祖関叔碩三座原慶安五壬辰年二月七日寂。生国肥前之人鎌倉円覚寺住山天甫和尚之弟子。
開基月桂院殿龍室宗珠大禅定尼明暦元乙未年六月十七日逝去足利尊氏公末葉喜連川左兵衛督雅純之嫡女
開基通玄院法槁明叔宗哲寛永廿一年甲申年二月廿日卒。
開山雪山碩林和尚貞享四丁卯年正月朔日寂武州金澤之人三浦氏之子当代。御朱印以戴仕平安山月桂院ト相改申候。
中興開山一睡碩秀和尚享保三戌年十二月廿二日寂武州江戸之人吉澤氏小日向徳雲寺弟子当代十刹官寺ニ被仰付。御黒印以戴仕候而月桂寺ト相改山号正覚山ト相改申候。元禄六酉年九月十七日再興し施主柳澤出羽守殿亡父刑部殿為○○境内添地所隠寄進候。
再興檀越永慶寺殿故左少将保山元羪大居士正徳四甲午年十一月二日寂俗称松平美濃守吉保。(御府内寺社備考より抜粋)


月桂寺所蔵の文化財

  • 切支丹灯籠(新宿区指定有形文化財)

月桂寺の周辺図