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宗福寺|新宿区須賀町にある曹洞宗寺院

宗福寺の概要

曹洞宗寺院の宗福寺は、日照山と号します。宗福寺は、勝興寺二世岳室存積大和尚が慶長8年(1603)麹町清水谷に創建、江戸城外堀建造に伴い寛永11年(1634)当地へ移転したといいます。

宗福寺
宗福寺の概要
山号 日照山
院号 -
寺号 宗福寺
住所 新宿区須賀町10-2
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



宗福寺の縁起

宗福寺は、勝興寺二世岳室存積大和尚が慶長8年(1603)麹町清水谷に創建、江戸城外堀建造に伴い寛永11年(1634)当地へ移転したといいます。

「四谷區史」による宗福寺の縁起

日照山宗福寺は四谷南寺町法輪山勝興寺末の曹洞宗で、また同じ町にある。境内古跡拝領地七百貮拾五坪、慶長八年癸卯麹町清水谷に起立し、寛永十一年甲戌十二月南寺町に引地になつた。開山は勝興寺二世嶽室存積和尚であつて、慶安元年戊子九月朔日遷化した。徳川家康所持の大黒天の像を蔵するが、水戸賴房の寄附である。墓地に在る寛永八年辛未十二月七日に歿した玉露童女は即ち賴房の女である爲に斯る寄進もあつたのであらう。(「四谷區史」より)

「四谷南寺町界隈」による宗福寺の縁起

日照山と号し、元は前側の勝興寺の末(江戸砂子)であったが、今は越前永平寺の末である。
慶長8年(1603)麹町清水谷に勝興寺二世岳室存積大和尚が創立した(慶安元年戌子九月朔日寂)。寛永11年江戸城拡張の為め現地に移転する。
古い記録には徳川家康所持の、水戸頼房が寄付する処の弘法作の大黒天があったが、戦災に遭って焼失した。(四谷南寺町界隈より)


宗福寺所蔵の文化財

  • 源清麿の墓(新宿区指定文化財)

源清麿の墓

江戸後期の刀鍛冶の名匠源清麿は、本名を山浦環といい文化9年(1812)信州小諸に生れた。 はじめ上田の刀匠河村寿隆について鍛冶を学び、天保6年(1835)江戸に出て幕臣窪田清音のもとで兵学を学ぶ傍ら刀工として精進した。 その後、四谷北伊賀町(現在の三栄町の一部)に居を構えて刀剣の製作に励み、名も源清麿と改めた。新々刀(江戸時代後期の刀)の刀工の第一人者として、天保・弘化年間(1830-46)に活躍した。その刀の切れ味は正宗のようだといわれ、「四谷正宗」と呼ばれた。 安政元年(1854)11月14日、42歳で没した。(新宿区教育委員会掲示より)


宗福寺の周辺図