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妙行寺|新宿区若葉にある日蓮宗寺院

妙行寺の概要

日蓮宗寺院の妙行寺は、稲荷山と号します。妙行寺の創建年代等は不詳ながら、修験宗本乗院と号していたといい、長禄(1457)寛正(1460)の頃に、日朗上人の弟子となつて日蓮宗に改めたといいます。慶長19年(1614)に起立、本立院日純(正保2年1646年寂)が開山、寛永11年(1634)当地へ移転したといいます。

妙行寺
妙行寺の概要
山号 稲荷山
院号 -
寺号 妙行寺
住所 新宿区若葉2-4-2
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



妙行寺の縁起

妙行寺の創建年代等は不詳ながら、修験宗本乗院と号していたといい、長禄(1457)寛正(1460)の頃に、日朗上人の弟子となつて日蓮宗に改めたといいます。慶長19年(1614)に起立、本立院日純(正保2年1646年寂)が開山、寛永11年(1634)当地へ移転したといいます。

「四谷區史」による妙行寺の縁起

稲荷山妙行寺は身延山久遠寺末の日蓮宗、四谷南寺町今の鮫河橋谷町二丁目にある。境内拝領地千八百坪、慶長十九年甲寅麹町清水谷に起立し、寛永十一年甲戌清水谷を公収されて今の地に移轉した。開山は本立院日純と云つて正保二年乙酉九月四日示寂した。中興の玉峯日靜は寛保三年に寂し、「妙法華經自讀一萬部仕候」と書上に見える。
慶長甲寅の開山前は本乗院と云つた菴室であつて、菴主は修験者頻加法印と號した。長禄寛正の頃故有つて改宗し、日朗の弟子となつて日學と改名したから、此人を開闢と傳へたことが書上に記してある。然らば足利時代からの寺で新しい梵刹では無い。(「四谷區史」より)

「四谷南寺町界隈」による妙行寺の縁起

若葉2丁目4番地2(元四谷区鮫河橋谷町2丁目25番地、昭和18年4月1日から若葉2丁目改められた。砂子には天王丁とある)。須賀神社女坂の右側にある門のある寺。身延山久遠寺の末、日蓮宗。
稲荷山(とうかさん)、初め本乗院と称する草庵にて麹町清水谷に慶長19甲寅年本乗庵という庵室が建てられ、修験者頻加法印がいた。長禄(1457)寛正(1460)の頃故あって改宗し、日朗上人の弟子となって日学と改めたのでこの人を開闢とするとある。その頃寛永11年(1634)清水谷の元地は武家地になるため公収せられ、替地を現地に給せられた。
開山は本立院日純大徳といい、正保2年9月4日に寂している。中興は玉峯院日静上人といい寛保3年(1743)に寂し、「法華経一万部」を日読したと記録にある。境内墓地左手崖下に立派な五輪塔の代々の墓がある。
(中略)
元四谷天王、須賀神社の別当宝蔵院も稲荷山の山号を持っていたので、この寺と関係がありそうにも思えるがハッキリしない。
本堂には鬼子母神あり、別に草分稲荷というのが祀ってあるが麹町時代の草分稲荷か(今は福徳稲荷という)。須賀神社にも天白稲荷神社というのが本殿左手にある。須賀神社は寛永21年四谷見附外にあったのがここに移されてきたもので、この別当寺も妙行寺も同地から同時に移ったものと思う。過去帳は現存する。境内地980坪(史料には932坪とあり)昔と変らない。(四谷南寺町界隈より)


妙行寺の周辺図