天沼民間信仰石塔|杉並区天沼の名所旧跡

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天沼民間信仰石塔|区画整理に際して集められた石塔群

天沼民間信仰石塔の概要

天沼民間信仰石塔は、杉並区天沼にある名所・史跡です。天沼民間信仰石塔は、旧天沼村内に安置されていた庚申塔と地蔵塔・百番観音供養塔で、昭和初期の区画整理に伴い、当地へ移して安置された石塔です。庚申塔は、宝永元年(1704)銘・元文5年(1740)銘があり、桃園川辺の路傍に祀られていたもの、地蔵塔・百番観音供養塔はそれぞれ宝暦9年(175)銘・享和3年(1803)銘があり、天沼熊野神社路傍に祀られていたものだといいます。

天沼民間信仰石塔
天沼民間信仰石塔の概要
名称 民間信仰石塔
みどころ 史跡
入場時間 -
入場料 無料
住所 杉並区天沼1-36-15
備考 -




天沼民間信仰石塔

天沼民間信仰石塔は、旧天沼村内に安置されていた庚申塔と地蔵塔・百番観音供養塔で、昭和初期の区画整理に伴い、当地へ移して安置された石塔です。庚申塔は、宝永元年(1704)銘・元文5年(1740)銘があり、桃園川辺の路傍に祀られていたもの、地蔵塔・百番観音供養塔はそれぞれ宝暦9年(175)銘・享和3年(1803)銘があり、天沼熊野神社路傍に祀られていたものだといいます。

杉並区掲示による天沼民間信仰石塔について

民間信仰石塔
ここに建立されている石塔は、宝永元年(一七〇四)銘・元文五年(一七四〇)銘の庚申塔・享保十五年(一七三〇)銘の地蔵塔、宝暦九年(一七五九)銘・享和三年(一八〇三)銘の百番観音供養塔です。いずれも天沼村の村民が現世での幸運と来世での往生安楽を願って造立したもので、当時の人々の信仰心の一端をよく伝えています。
庚申信仰は、長寿のためには庚申の夜は身を慎んで徹夜をすべきである、という道教説に始まるといわれ、中世以降庶民の間にひろまりました。江戸時代には各地に講がつくられ、庚申塔の造立も盛んとなりました。この二基の庚申塔は青面金剛・三猿等を浮彫りにした標準型の塔で、講中による造立です。
「お地蔵様」と呼ばれて人々に親しまれている地蔵菩薩は、人間の苦を除き楽を与え六道衆生を救済する仏として信仰を集めました。
また境の守護と村の安全の守護を行なう仏ともされ、村境や辻に多く造立されています。
百番観音信仰も江戸時代には庶民の間に浸透しました。特に関東地方では西国・坂東・秩父の一〇〇ヶ所霊場巡拝が盛行し、巡拝記念あるいは巡拝と同じ功徳を得るための百番観音供養塔が造立されました。ここの享和三年銘の供養塔は百番観音信仰と光明真言信仰とを一体にしたもので、区内では数少ない作例です。
これらの石塔は地域での区画整理の際に集められたもので、庚申塔は南方の桃園川辺の路傍、地蔵塔と供養塔は西方の熊野神社際の路傍からの移転です。
なお、石塔隣の区画整理記念碑は、整理の完了した昭和十三年に建てられたものです。(杉並区教育委員会掲示より)


天沼民間信仰石塔の周辺図