善福寺池|杉並区善福寺の名所旧跡

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善福寺池|旧石器時代から縄文時代中期の集落・環状集落

善福寺池の概要

善福寺池は、杉並区善福寺にある名所・史跡です。善福寺池は、三宝寺池・妙正寺池・井の頭池と共に、武蔵野台地の東側の縁に位置、地底や水辺からの湧水によってできた池で、ここから流れ出る水は上荻窪・和田を経て神田川に注ぎこみ、流域の水田に利用されていました。昭和5年都市計画法によって風致地区に指定され、昭和36年東京都善福寺公園として開園しています。

善福寺池
善福寺池の概要
名称 善福寺池
みどころ 名所
開園時間 -
住所 杉並区善福寺3-9-10
備考 -




善福寺池について

善福寺池は、三宝寺池・妙正寺池・井の頭池と共に、武蔵野台地の東側の縁に位置、地底や水辺からの湧水によってできた池で、ここから流れ出る水は上荻窪・和田を経て神田川に注ぎこみ、流域の水田に利用されていました。昭和5年都市計画法によって風致地区に指定され、昭和36年東京都善福寺公園として開園しています。

境内掲示による善福寺池について

善福寺公園の生い立ち
この公園は、多摩川が東京湾に流入して形づくられた隆起扇状地で、武蔵野台地の一部をしめております。標高約50メートル、西側はほぼ平坦な台地で東側は、石神井川・妙正寺川並びに神田川などが流れ、起伏に富んだ丘陵になっています。
また善福寺池は、三宝寺池・妙正寺池並びに井の頭池と共に武蔵野台地の東側にあって、地底や水辺からの湧水によってできた池である点が、共通の大きな特徴となっています。なお善福寺の名称については、昔丘の西側に善福寺・万福寺の二寺があり、その一つが池の名となって残ったともいわれています。
ここは、交通の便にめぐまれなかったため、自然の景観がよく保存されていました。その後、周囲の住宅化や近代施設の接地などによって、この風致を保存するために、昭和五年十月都市計画法によって風致地区に指定してこの区域では、建築物その他工作物の築造、土地の形質変更、樹木等・土石の採取、あるいは風致維持に影響ある行為を制限することにしました。その後昭和三十二年に東京都市計画公園として決定され、その一部が昭和三十六年六月東京都善福寺として開園し現在に至っています。(東京都善福寺公園サービスセンター掲示より)

新編武蔵風土記稿による善福寺池について

(上井草村)善福寺池
青梅道より南にあたりて村の西の方にあり、其廣さ南北三十間餘、東西八十間餘、廻涯兼葭生じけり、此池より流れ出る一條の水あり、村内をふること凡そ十五町餘にして、流末は上荻窪村にいたり、和田村雑色村の間にて井ノ頭用水に合す、此水を引て所々の水田にそそぐ、土人云ふ往古は善福寺・萬福寺とて二ヶ寺ありしが、いつの頃か廃絶して今はその跡さへも知れず、其中善福寺は當所向ひの小高き丘の上にありしにや、昔は此池に橋などありしとみゆ、池中に古き橋杭などありと云、此善福寺廢せしは先年大に地震せしとき、池水溢れいで堂宇これが為に破壊に及びしが、遂に再修に及ばず、其名空くただ池の稱のみ残れりと、思ふに此時寺をば何へか引移せしものならん。
池の南の方に弁天の祠あり。一尺四方にて南に向ふ。本尊は石の坐像にて長八寸許り、村民の持なり。(新編武蔵風土記稿より)


善福寺池の周辺図