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大円寺|杉並区和泉にある曹洞宗寺院

大円寺の概要

曹洞宗寺院の大円寺は、泉谷山と号します。大円寺は、慶長8年(1603)江戸赤坂溜池の辺りに徳川家康が開基となって創建しました。もと保善寺末です。寛永18年(1641)伊皿子(港区三田高輪辺)へ移転、寺号を大渕寺から大円寺へ改号しています。島津家の江戸菩提寺となった他、塔頭2院も大久保科・旗本五井・松平・本多・土方の諸家中等を檀徒として栄えました。明治維新後、寺院の発展を計り明治41年当地へ移転しました。

大円寺
大円寺の概要
山号 泉谷山
院号 -
寺号 大円寺
住所 杉並区和泉3-52-18
本尊 釈迦如来坐像
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



大円寺の縁起

大円寺は、慶長8年(1603)江戸赤坂溜池の辺りに徳川家康が開基となって創建しました。もと保善寺末です。寛永18年(1641)伊皿子(港区三田高輪辺)へ移転、寺号を大渕寺から大円寺へ改号しています。島津家の江戸菩提寺となった他、塔頭2院も大久保科・旗本五井・松平・本多・土方の諸家中等を檀徒として栄えました。明治維新後、寺院の発展を計り明治41年当地へ移転しました。

「杉並の寺院」による大円寺の縁起

当寺は泉谷山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は釈迦如来坐像です。
寺伝によれば、慶長8年(1603)江戸赤坂溜池の辺りに徳川家康が開基となって建立され、開山は諦巌桂察和尚(武田信玄の弟)といわれています。その後、寛永18年(1641)正月、江戸の大火によって諸堂を類焼し、跡地は御用地として召し上げられ、その代地として伊皿子に寺地を拝領して移転しました。そのころから大渕寺の寺名を大円寺に改めました。
延宝元年(1673)薩摩藩主島津光久の嫡子綱久が江戸で死去した際、当寺で葬儀を行って以来、島津家の江戸における菩提寺となり、寺内に薩摩家代々の位牌堂が設けられてあります。この頃、当寺に塔頭として福寿院(本尊・釈迦如来)、門能院(本尊・阿弥陀如来)の2院が建立され、それぞれ大久保科・旗本五井・松平・本多・土方の諸家中、町人衆を檀徒として隆盛を極めました。
明治41年、寺院の発展を計り、この2院の塔頭を併合して現在地に移転し、今日に至っています。
境内には、石像の仁王尊や寛永2年(1625)芝浦の海中から出現したといわれる潮見地蔵尊石像、また島津家の宝篋印塔・六地蔵尊があり、墓地には益満休之助他75名が刻されている「明治元年戊辰の役戦死者の墓」並びに横山安武・八田知紀等の墓があります。
なお、当寺近辺から出土した板碑が所蔵されています。(「杉並の寺院」より)


大円寺所蔵の文化財

  • 大円寺所蔵板碑群(旧大宮八幡宮社域出土)(杉並区登録文化財)

大円寺の周辺図


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