福寿山善福寺|室町時代作の阿弥陀如来立像
善福寺の概要
曹洞宗寺院の善福寺は、福寿山と号します。善福寺の創建年代は不詳ですが、御堂阿闍梨が開山したと伝えられ、無量山福寿庵と称する浄土系の小庵だったといいます。月山機法が中興、曹洞宗寺院に改めたといいます。
山号 | 福寿山 |
---|---|
院号 | - |
寺号 | 善福寺 |
住所 | 杉並区善福寺4-3-6 |
本尊 | 阿弥陀如来立像 |
宗派 | 曹洞宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
善福寺の縁起
善福寺の創建年代は不詳ですが、御堂阿闍梨が開山したと伝えられ、無量山福寿庵と称する浄土系の小庵だったといいます。月山機法が中興、曹洞宗寺院に改めたといいます。
杉並区教育委員会掲示による善福寺の縁起
当寺は、福寿山と号する曹洞宗の寺院で、本尊は阿弥陀如来立像です。
開創は詳かではありませんが、開山は御堂阿闍梨と伝えられ、中興開山は月山機法です。
古くは、無量山福寿庵と称する浄土系の小庵でしたが、宝永六年(1709)に観泉寺(今川2-16-1)持となりました。(一説に享和年間1801-4ともいわれます)。
往古、池畔に「善福寺」という寺院があったといわれています。文政九年(1826)にできた「新編武蔵風土記稿」に、「往古は善福寺・万福寺とて二ヵ寺ありしが、いつの頃か廃絶して今はその跡さえも知れず・・・此善福寺の廃せしは、千年大に自身せしとき池水溢れいで、堂宇これが為に破壊に及びしが遂に再修に及ばず、其名空くただ池の称のみ残れりと。思うに、此時、寺をば何へか引移せしものならん」とあります。
この「善福寺」と当寺との直接の関係については、明らかな資料はありませんが、小庵から引きついでいる机に「文化十二年・・・無量山善福寺福寿庵」とあるところからも、「善福寺」という名が代々伝わっているものと思われます。
また、本尊の阿弥陀如来立像は室町時代の作といわれ、衣丈が流れるような美しい優雅な像です。
その他、境内には浄土系寺院時代の歴代住職の墓石や、建武元年(1334)銘板碑、享保二年(1717)銘地蔵石像などがあります。(杉並区教育委員会掲示より)
新編武蔵風土記稿による善福寺の縁起
(上井草村)福壽庵
除地、五百七十六坪、村の西界にあり。無量山と称す。庵の廣さ五間四方南向き、本尊弥陀の立像にて長二尺七寸、脇士観音勢至共に木の立像にて長一尺八寸、観泉寺の持。(新編武蔵風土記稿より)
善福寺所蔵の文化財
- 建武元年(1334)銘板碑
- 享保二年(1717)銘地蔵石像
善福寺の周辺図