榎戸稲荷神社|榎土山常照寺の斉覚法印が勧請
榎戸稲荷神社の概要
榎戸稲荷神社は、墨田区業平にある神社です。榎戸稲荷神社の創建年代は不詳ながら、旧別当榎土山常照寺の開基斉覚法印が慶長年間(1596-1615)に勧請、榎戸稲荷社と尊称したといいます。当地周辺を柳島村榎戸(土)耕地と呼ばれていたことから、常照寺の山号を榎土山、その稲荷を榎戸稲荷と称されてきました。
社号 | 榎戸稲荷神社 |
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祭神 | 宇迦之御魂命 |
相殿 | - |
境内社 | 冨士嶽神社 |
住所 | 墨田区業平5-4-23 |
祭日 | - |
備考 | - |
榎戸稲荷神社の由緒
榎戸稲荷神社の創建年代は不詳ながら、旧別当榎土山常照寺の開基斉覚法印が慶長年間(1596-1615)に勧請、榎戸稲荷社と尊称したといいます。当地周辺を柳島村榎戸(土)耕地と呼ばれていたことから、常照寺の山号を榎土山、その稲荷を榎戸稲荷と称されてきました。
境内石柱による榎戸稲荷神社の由緒
往古より柳島の地に、四民の崇敬篤き稲荷大明神をまつる霊験あらたかな神社有り、元禄十丁癸年、武蔵国葛飾郡柳島村検地水帳に「稲荷大明神、社地7畝28歩余り、榎戸山常照寺持」とある。明治維新の神仏分離令により、名を榎戸稲荷社と改め、今日に至る。平成改元を機に有志にて建立す。(境内石柱より)
東京都神社名鑑による榎戸稲荷神社の由緒
創立年代は詳らでないが、三百数十年前の鎮座なりと伝えられる。社伝によると別当常照寺の開基斉覚法印が慶長年間(一五九六-一六一五)に勧請、榎戸稲荷社と尊称するとある。元禄十年(一六〇一)武蔵国葛飾郡柳島村の検地水帳には社地七畝廿八歩とあり、また『葛西誌』にも常照寺客殿に向って右の方に三間に二間、前に木鳥居を建て、社地すべて古木生茂りて古社とみえたとある。(東京都神社名鑑より)
「墨田区史」による榎戸稲荷神社の由緒
創建の由来は不明であるが、「葛西志」(文政四年=一八二一刊)の柳島村の項に「常照寺境内除地三百廿坪村の西の方、押上村境に有、天台宗にて浅草東光院の末なり、榎土山と号す、本尊阿弥陀如来を安す、永禄九年(一五六六)の草創といへり。榎土稲荷社除地二百三十八坪、客殿に向て右の方にあり、三間に二間、前に木鳥居を建、歓喜天、弁財天、大黒天、多聞天の四座を相殿す」と記されている。また、古くはこの地一帯を柳島村榎戸耕地と称していた。
社殿の南わきに榎戸不動尊の小舎があり、水盤が備えられている。(「墨田区史」より)
新編武蔵風土記稿による榎戸稲荷神社の由緒
(柳島村)
福稲荷社
常照寺持。(新編武蔵風土記稿より)
榎戸稲荷神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「墨田区史」
- 東京都神社名鑑