高木神社|旧寺島新田の鎮守第六天社、旧村社
高木神社の概要
高木神社は、墨田区押上にある神社です。高木神社は、応仁2年(1468)第六天社として創建、旧寺島村大字新田の鎮守だったといいます。明治15年村社に列格していました。
社号 | 高木神社 |
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祭神 | 高皇産霊神 |
相殿 | - |
境内社 | - |
住所 | 墨田区押上2-37-9 |
祭日 | 例祭日6月7日 |
備考 | 旧寺島新田の鎮守、旧別当寺正円寺 |
高木神社の由緒
高木神社は、応仁2年(1468)第六天社として創建、旧寺島村大字新田の鎮守だったといいます。明治15年村社に列格していました。
新編武蔵風土記稿による高木神社の由緒
(寺嶋村附持添新田)
第六天社。一は真光寺持、一は正円寺持。(新編武蔵風土記稿より)
東京都神社名鑑による高木神社の由緒
創立年代は詳らかでないが、応仁二年(一四六八)と伝えられる。旧寺島村大字新田の鎮守と崇敬されていた。昔は第六天社といい、文化二年(一八〇五)の書上帳には「拝殿無之候、社高一丈一尺」とあり、天台宗正圓寺が別当だった。神仏分離後は社名を高木神社と改めた。明治三十五年十月に拝殿を新築し、爾後、神楽殴・神輿庫・社務所等が新築された。(東京都神社名鑑より)
「墨田区史」による高木神社の由緒
社伝は、応仁二年(一四六八)の創建と伝えている。祭神は高皇産霊神で、古くは第六天社と呼ばれていたが、明治初期に高木神社と改称したという。高皇産霊神は、「よりどころ」の意をもって「高木の神」とも称され、またこの神を祭神とする延喜式以前の古社には「天神社」「天満神社」の名があることから、この辺りに社名の由来を求めることもできよう。
かつては、境内に大きな臥龍の松があり、曳舟川を上下する舟はこの松を目印にしたという。弘化二年(一八四五)九月、外神田白蠟屋藤七献納のこま犬や、安政四年(一八五七)の手洗石などが現存する。(「墨田区史」より)
境内案内による高木神社の由緒
応仁2年(1468)の創祀と伝えられており、旧寺島新田の鎮守として尊崇されてきました。御祭神は高皇産霊神(高木神)と申し、古事記や日本書紀によれば、天孫降臨の際の国護り伝承や仲武東征などに度々登場し、天照大御神に助言するなど政治的な手腕を振るってきました。
以上の神話かつ「万物生成」「人間関係を調整する」「交渉事を成就させる」などの尊い御神徳があると信じられて今日に至っています。(境内案内より)
高木神社所蔵の文化財
- 安政4年銘水鉢
- 弘化2年銘狛犬
高木神社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「墨田区史」
- 東京都神社名鑑