覚英山清雄寺|老中酒井忠勝が開基
清雄寺の概要
本門佛立宗寺院の清雄寺は、覚英山と号します。清雄寺は、老中酒井忠勝が開基となり寛文2年(1662)下屋敷内に建立、日崇上人に寄進して開山とし創建したといいます。
山号 | 覚英山 |
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院号 | - |
寺号 | 清雄寺 |
住所 | 墨田区吾妻橋2-14-6 |
宗派 | 本門佛立宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | 墓地募集 |
清雄寺の縁起
清雄寺は、老中酒井忠勝が開基となり寛文2年(1662)下屋敷内に建立、日崇上人に寄進して開山とし創建したといいます。
「本所區史」による清雄寺の縁起
清雄寺
清雄寺は中之郷元町十七番地に在り覺英山と號し本門寺法華宗にして京都妙蓮寺の末である。寛文二年の創立にて開山は日崇上人開基は酒井忠勝である。(「本所區史」より)
「東京名所図会」による清雄寺の縁起
清雄寺
清雄寺は。中之郷元町十七番地に在り。覺英山と號す。日蓮宗にして京都妙蓮寺の末なり。寛文二年の創立にて。開山は日崇上人。開基は酒井忠勝なり。(東京名所図会より)
「すみだの史跡文化財めぐり」による清雄寺の縁起
覚英山清雄寺は本門佛立宗京都妙蓮寺末で、寛文2年(1662)、老中酒井忠勝が下屋敷内に建立し、自身が開基となって日崇上人に寄進した寺です。
墓地には酒井氏の他、6世竹本佐大夫(義太夫)、名力士二所ノ関、横綱玉錦、大関九州山、玉の海、海光山などの墓があります。(すみだの史跡文化財めぐりより)
清雄寺の周辺図