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孫三稲荷神社|台東区元浅草の神社

孫三稲荷神社の概要

孫三稲荷神社は、台東区元浅草にある稲荷神社です。孫三稲荷神社は、天正年間(1573-92)徳川家康が、「孫三」と名乗る者に馬の轡を取らせ安倍川を渡ったが、後にその孫三を探したところ該当者はなく、安倍川の川辺に「孫三」の名を持つ祠があったことから、この稲荷の化身であったという霊験により、天正十八年(1590)関東入国の際、家康の命により稲荷の神体ごと川村某の手により江戸の神田三河町に遷座、慶安年中当地(安倍川町)に鎮座したといいます。

孫三稲荷神社
孫三稲荷神社の概要
社号 孫三稲荷神社
祭神 宇賀魂神
境内社 -
相殿 -
住所 台東区元浅草3-19-7
祭日 -
備考 -



孫三稲荷神社の由緒

孫三稲荷神社は、天正年間(1573-92)徳川家康が、「孫三」と名乗る者に馬の轡を取らせ安倍川を渡ったが、後にその孫三を探したところ該当者はなく、安倍川の川辺に「孫三」の名を持つ祠があったことから、この稲荷の化身であったという霊験により、天正十八年(1590)関東入国の際、家康の命により稲荷の神体ごと川村某の手により江戸の神田三河町に遷座、慶安年中当地(安倍川町)に鎮座したといいます。

台東区教育委員会掲示による孫三稲荷神社の由緒

孫三稲荷
この付近は、「御府内備考」によると、慶安年中(1648-52)、川村某が駿河國安倍川(現在、静岡県静岡市域を中心に流れる、一級河川)の鎮守「孫三稲荷」とともに駿河から当地へ移したことにより安倍川町と称していた。
孫三稲荷は、当地に伝わっている由来によると、天正年間(1573-92)、徳川家康が、「孫三」と名乗る者に馬の轡を取らせ安倍川を渡ったが、後にその孫三を探したところ該当者はなく、ただ安倍川の川辺に「孫三」の名を持つ祠があり、実はこの稲荷の化身であったという霊験から、天正十八年(1590)関東入国の際、家康の命により稲荷の神体ごと川村某の手により江戸にもたらされ、慶安年中当地へ移したという。この伝承は、江戸へ招来した年も「御府内備考」と異なるが、「町方書上」に、慶安に安倍川より移安したことが記されており、江戸初期には地域の鎮守として信仰を集めていたことが知られる。
「町方書上」にはまた、当町に店借していた修験者の善明院という人物が「正一位孫三稲荷大明神」を司っており、神像は木造で長さ三寸(約十センチメートル)であったと記されている。
現在、静岡の孫三稲荷の所在は不明であり、当地も関東大震災、東京大空襲などによって、記録や社殿を失ったが、昭和二十六年、当町会(安倍川町・菊屋橋町会)によって、社殿が再建され、毎年三月八日に例祭が行われている。(台東区教育委員会掲示より)

境内石碑による孫三稲荷神社の由緒

孫三神社御由緒
抑當社の祭神は宇賀魂神に坐しまし往昔駿河國安倍川の辺りに鎮座し給ひしか其原由創祀の年歴及社名の起因は不詳傳云人皇百六代正親町天皇御宇天正十八年庚寅八月朔日、東照神君関東御入国に際し幕府の直参御家人衆の内安倍川附近居住の御小人九十六名御供仰付けらる此時台命に依り當稲荷の御神体を奉持し来り神田三河町に住す後寛永十三年當所を屋敷地として賜り移り住む因て當社も現地を拝領し此所に安置し奉る。爾来當町の守護神として奉斎す。(境内石碑より)


孫三稲荷神社の周辺図


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