寶積院|足立区西保木間にある真言宗豊山派寺院

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北斗山寶積院|荒綾八十八ヶ所、新四国四箇領八十八ヵ所

寶積院の概要

真言宗豊山派寺院の寶積院は、北斗山と号します。寶積院は、淵江領を領地とする千葉一族が、一族の崇信する北斗妙見を祀るため、室町時代後期に創建したと考えられています。大正4年の火災で灰塵に帰しましたが再建を果たしております。荒綾八十八ヶ所霊場63番、西新井組中川通四箇領八十八箇所84番札所です。

寶積院
寶積院の概要
山号 北斗山
院号 寶積院
寺号 -
住所 足立区西保木間1-11-4
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 荒綾八十八ヶ所霊場63番札所、天神社(保木間氷川神社)の旧別当



寶積院の縁起

寶積院は、淵江領を領地とする千葉一族が、一族の崇信する北斗妙見を祀るため、室町時代後期に創建したと考えられています。

新編武蔵風土記稿による寶積院の縁起

(保木間村)天神社<註:現保木間氷川神社>別當寳積院
北當山神宮寺と號す、按に山號古は北斗山にあらずや、千葉氏世々妙見を尊信することは人の知る所にして、今も既に下総国千葉町に妙見社(註:千葉神社)あるは、其古蹤なり、されば當所も元は妙見の社ありて、別當たるを以て、北斗山と號せしを、後年天神を祀りしより、山號を誤りしならん、新義真言宗、西新井村総持寺の門徒なり(新編武蔵風土記稿より)

足立区仏教会資料による寶積院の縁起

寶積院の創建は、遠く慶長年間(1596年ごろ)以前と思われる。室町時代後期、淵江領を領地とする千葉一族は、当院境内に妙見菩薩(千葉一族の守り本尊)を祀り、当院本尊十一面観世音菩薩とともに地域の信仰の中心として栄えた。
時が過ぎ、大正4年9月28日、放火火災により本堂、大師堂、庫裡、諸佛、諸記録をすべて灰塵に帰したが、埼玉県浮塚村(八潮市)の大聖寺を買い求め再建仮本堂とし、本尊如意輪観世音菩薩を安置した。
その後、昭和33年に檀信徒の御協力により、本堂、庫裡などを新築落成し、今日に至っている。
本末関係は、もと新義真言宗西新井大師総持寺の末寺であったが、昭和14年に総本山長谷寺の末寺になった。
その他、荒綾八十八ヶ所霊場63番札所、新四国八十八ヶ所84番札所として、信仰されている。

足立風土記資料寺院明細による寶積院の縁起

中本寺西新井総持寺門徒 東京府管轄武蔵国足立郡保木間村 北当山寶積院
創立年暦并開山不詳、寺格無之。
世代不詳恵光、壬申18歳。東京府管轄武蔵国足立郡花又村農吉田重三郎次男、慶応4年5月6日埼玉県管轄同国同郡瀬崎村於善福寺得度、明治2年2月6日当寺へ住職、本山小池坊留学4ヶ年。以上僧一人。
境内、1反6畝2歩、但除地。檀家、31軒。門末、無之。庵室等、無之。

寶積院の周辺図