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小日向神社|文京区小日向の神社

小日向神社の概要

小日向神社は、文京区小日向にある神社です。小日向神社は、当社付近にあった氷川神社と八幡神社とが合祀して明治2年に小日向神社となったといいます。氷川神社は、常陸国長官平貞盛が、日輪寺の上の蓮華山に天慶3年(940)建立、八幡神社は音羽一丁目(現在今宮神社が鎮座)に貞観3年(860)建立したものといい、両社とも古くより当地周辺の鎮守社であったといいます。明治5年村社に列格していました。

小日向神社
小日向神社の概要
社号 小日向神社
祭神 誉田別皇命、建速須佐之男命
相殿 -
境内社 秋葉稲荷神社
住所 文京区小日向2-16-6
祭日 例祭日9月15日
備考 旧村社



小日向神社の由緒

小日向神社は、当社付近にあった氷川神社と田中八幡神社とが合祀して明治2年に小日向神社となったといいます。氷川神社は、常陸国長官平貞盛が、日輪寺の上の蓮華山に天慶3年(940)建立、八幡神社は音羽一丁目(現在今宮神社が鎮座)に貞観3年(860)建立したものといい、両社とも古くより当地周辺の鎮守社であったといいます。明治5年村社に列格していました。

境内掲示による小日向神社の由緒

建速須佐男命ハ人皇六十一代朱雀天皇 天慶三年春常陸大豫平貞盛宿願成就奉賛トシテ小日向ノ地ニ社ヲ建立シ氷川神社ト稱シテ明治ニ至ル
譽田別皇命は古音羽町九丁目ニ鎮座シテ田中八幡宮ト稱セリ明治二年九月當地ニ合祭ス同四年地名ヲ以テ小日向神社ト改稱翌五年十一月村社ニ定メラル
氏子町名小日向水道町西江戸川町武島町水道端一二丁目小日向臺町一二三丁目茗荷谷町第六天町清水谷町三軒町小日向町東古川町西古川町松ヶ枝町
大正十三年十一月(境内掲示より)

東京都神社名鑑による小日向神社の由緒

当神社は、氷川神社と八幡神社を合祀して、明治二年五月に小日向神社と改称された。天慶三年(九四〇)の春、当時の常陸国の長官平貞盛が、この地方を平定して、その奉賛として現在の文京区水道橋二丁目日輪寺の上の蓮華山に建立したものである。
また、八幡神社は昔の名を「田中八幡」といい、現在の文京区音羽一丁目に鎮座していた。創立は、貞観三年(八六〇)の春の事と記述されている。古くからこの地域の氏神さまとして里人に親しまれていた。
なお当神社には有栖川宮・小松宮の掛軸や額等があったが、去る昭和二十年五月二十五日の戦災によりすべてのものを焼失した。現在、残っているものは短刀二振だけである。
なお、当神社の氏子区域は、文京区水道一丁目・二丁目、小日向一丁目・二丁目・三丁目・四丁目、関口一丁目である。(東京都神社名鑑より)

「小石川區史」による小日向神社の由緒

小日向水道町服部坂の中腹に鎮座し、素戔嗚尊、譽田別尊、櫛稲田姫命、大巳貴命を祀る。其創建は明治二年で、水道町日輪寺境内の氷川社と音羽裏の田中八幡とを今の場所に移し、合祀して地名を取り社號としたものである。
氷川社は『新編江戸志』に依れば、『小日向の總鎮守にして、勸請の年歴詳かならず、四五百年の鎮座と言へり』。といひ、又『太田道灌再興す』と記してゐる。『江戸名所圖會』には其圖が載つてゐる。
田中八幡社は、社傳に依ればその神體を小日向村の田地より感得したので田中八幡宮と唱へ、始めは八幡坂町に奉祀したが、明暦元年其地が久世大和守の抱屋敷となつた爲め、音羽裏の地に引移り、明治に至つて氷川社と合し、今日の地に移つたのである。
明治五年村社に列し、祭日は九月十五日である。現在の氏子町は小日向臺町一・二・三丁目、同三軒町、清水谷町、茗荷谷町、第六天町、水道端一・二丁目、武島町、小日向水道町、東・西古川町、松ヶ枝町、小日向町、西江戸川町等、小日向の全部である。(「小石川區史」より)


小日向神社の周辺図


参考資料

  • 東京都神社名鑑
  • 「小石川區史」