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千種神社|千葉市花見川区千種町の神社

千種神社の概要

千種神社は、千葉市花見川区千種町にある神社です。千種神社は、旧陸軍下志津原演習場(旧称千葉郡犢橋村大字三角)に供用されていた当地が、戦後の食糧増産政策により、近衛師団農耕隊と幅員者が中心となり宮内省禁衛府農場を発足(後に千種農場と名称)、入植者総意により昭和24年伊勢神宮を勧請して創建したといいます。

千種神社
千種神社の概要
社号 千種神社
祭神 天照皇大神宮
相殿 -
境内社 -
住所 千葉市花見川区千種町68-1
祭日 -
備考 非法人



千種神社の由緒

千種神社は、旧陸軍下志津原演習場(旧称千葉郡犢橋村大字三角)に供用されていた当地が、戦後の食糧増産政策により、近衛師団農耕隊と幅員者が中心となり宮内省禁衛府農場を発足(後に千種農場と名称)、入植者総意により昭和24年伊勢神宮を勧請して創建したといいます。

境内掲示による千種神社の由緒

千種神社の由緒
昭和二十四年十一月二十日入植者総意により、心の拠りどころとして伊勢神宮より御霊代を分祀鎮座祭を行い、神をこの地に迎える。(祭神天照皇大神宮)当神社は、元旦祭、秋季祭、七五三祝事、神前結婚祝事、神官は常駐しないが、犢橋町三社神社の金子宮司で分祀以来、代々奉仕しています。祭神、家内安全、無病息災、海運厄除、交通安全、安産子育。
昭和二十年八月十五日、大東亜戦争終結と同時に食糧増産の国策に従い、当地区は旧陸軍下志津原演習場(旧称千葉郡犢橋村大字三角)四街道まで(約三、〇〇〇町歩)一眺に見通しができた原野、終戦と同時に近衛師団農耕隊として現地に在りました隊員と、代官町の原隊からの復員者を基幹として、宮内省禁衛府農場として発足した。農場発足後、半年余にて禁衛府農場も解散、そのまま帰農組合を結成し組合の名称を宮中に求め、正毅千種の名を冠し千種農場とした。後に、昭和二十九年七月一日犢橋村は千葉市と合併し、同時に当地区は千葉市千種町と呼称することになりました。開拓者が名付け親であります。
当初、神殿は戦前砲弾着視所そこを使用通称ダルマ監的、現在の建物は昭和六十二年十二月建立されました。(境内掲示より)


千種神社の周辺図