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八幡神社(誉田町2丁目)|千葉市緑区誉田町2丁目の神社

八幡神社(誉田町2丁目)の概要

八幡神社(誉田町2丁目)は、千葉市緑区誉田町2丁目にある神社です。八幡神社(誉田町2丁目)は、明治維新後に徳島県から移住してきた開拓団(移住団長士族岸本武八郎正昭氏)が、故郷の産土神広幡神社を勧請して明治25年に創建したといいます。

八幡神社
八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 仲哀乃尊、誉田別乃尊、息長足姫乃尊
相殿 -
境内社 -
住所 千葉市緑区誉田町2-21
祭日 -
備考 非法人



八幡神社(誉田町2丁目)の由緒

八幡神社(誉田町2丁目)は、明治維新後に徳島県から移住してきた開拓団(移住団長士族岸本武八郎正昭氏)が、故郷の産土神広幡神社を勧請して明治25年に創建したといいます。

「千葉県神社名鑑」による八幡神社(誉田町2丁目)の由緒

掲載なし
(「千葉県神社名鑑」より)

「千葉縣千葉郡誌」による八幡神社(誉田町2丁目)の由緒

掲載なし(「千葉縣千葉郡誌」より)

境内掲示による八幡神社(誉田町2丁目)の由緒

誉田町二丁目八幡神社由来
当八幡神社は阿波国那賀郡中野島村大字南島村字大神に、南島村、岩昭村、立善寺村、岡村、中原村、五ヶ村の産土神として鎮座せし広幡神社より明治二十五年十一月二十一日に祠掌南島村、士族越久与吉明多により御分霊し当時の誉田村十文字二十一番地岸本武八郎正昭、同所二十番地地位谷延蔵、同所二十四番地大宮伊織の三氏により奉載し来れるものなり。尚本殿御霊舎内の銅版に次の如く刻まる。
「余等は四国の那賀川沿岸、名の如く中野島の頗りたる水害に罹りたる折柄東京都麹町区陸軍少将従三位津田出氏の所有する未開の地に移住し同氏より寄附賜はりし社地壱反壱畝二十三歩の地に左記産土神を御分霊奉祀す」
よって始め移住団長士族岸本武八郎正昭氏方の山林土地内に祀りありしをその後村落の発展と共に当十文字の守護神として現在の地に奉祀鎮座ましますこととなれり。
御祭神廣幡神社
仲哀乃尊、誉田別乃尊、息長足姫乃尊
鎮座祭執行 明治二十五年十一月二十五日(境内掲示より)


八幡神社(誉田町2丁目)の周辺図