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真蔵院|千葉市花見川区武石町にある真言宗豊山派寺院

真蔵院の概要

真言宗豊山派の真蔵院は、伽羅陀山三会寺と号します。真蔵院の創建年代等は不詳ながら、大同元年(806)の開基と伝えられます。千葉常胤の三男武石三郎胤盛が、母の菩提を弔うため、柳地蔵菩薩像を本尊として建久8年(1197)堂宇を建立、境内の浪切不動堂は、胤盛の守り本尊だった不動尊を本尊として、胤盛の曽孫武石新左衛門尉長胤が正治元年(1259)に建立しています。胤盛が母の菩提を供養するために建立した高さ3.31mの武蔵型板碑は、千葉市有形文化財に指定されています。千葉寺十善講八十八ヶ所霊場40番です。

真蔵院
真蔵院の概要
山号 伽羅陀山
院号 真蔵院
寺号 三会寺
住所 千葉市花見川区武石町1-1413
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



真蔵院の縁起

真蔵院の創建年代等は不詳ながら、大同元年(806)の開基と伝えられます。千葉常胤の三男武石三郎胤盛が、母の菩提を弔うため、柳地蔵菩薩像を本尊として建久8年(1197)堂宇を建立、境内の浪切不動堂は、胤盛の守り本尊だった不動尊を本尊として、胤盛の曽孫武石新左衛門尉長胤が正治元年(1259)に建立しています。胤盛が母の菩提を供養するために建立した高さ3.31mの武蔵型板碑は、千葉市有形文化財に指定されています。

境内掲示による真蔵院の縁起

真言宗豊山派の伽羅陀山三会寺真蔵院は大同元年(806)開基と伝え、元禄年間(1688-1704)に観海上人により中興開山されました。本尊は、千葉介常胤三男・武石三郎胤盛が母の菩提を弔うために祀ったと伝える柳地蔵菩薩です。波切不動堂は胤盛の守り本尊一寸八分の不動尊を曽孫・新左衛門長胤が正元元年(1259)に祀ったと伝え、武石、幕張、検見川の船頭衆など人々の信仰は厚く、毎年8月には不動祭で賑わしていました。高さ3.31mの武蔵型板碑(千葉市文化財)は永仁2年(1294)秋彼岸、母の菩提を供養するために建立されたものです。その他、胤盛と天女との羽衣伝説の碑や村人の心を伝える子安観音石仏群、安永年中、村人に甘藷栽培の良法うを伝授し増産に貢献した薩州遁士織田玄林の妻子の墓などが昔日の面影を残しています。(真蔵院世話人会・千葉市教育委員会掲示より)

「稿本千葉縣誌」による真蔵院の縁起

伽羅陀山真蔵院(武石町)
同町(幕張町)大字武石字寺下にあり、境内千二十五坪、眞言宗にして正治中創建せし所なりと云ふ。不動堂あり浪切不動と稱す、寺傳に云ふ、像は武石胤盛(三郎)の守護佛にして、正元元年十二月胤盛の曾孫武石長胤(新左衛門尉)之を建立すと。堂前に大椎樹あり、樹下古碑を建つ、青石にして高さ七尺五寸許、幅一尺五寸餘、左右に梵字を刻し、中央に「右爲先妣聖靈出離生死證大菩提也永仁第二暦季秋卅之天、」裏面に「施主常胤」と刻せり。(「稿本千葉縣誌」より)

「千葉縣千葉郡誌」による真蔵院の縁起

真蔵寺
幕張町武石にあり。寶幢寺の末寺にして、本尊柳地蔵菩薩、柳地蔵菩薩の由来を尋るに、正治年中千葉介常胤の三男武石三郎胤盛の母故在りて海中へ身を捨てられしに付其の菩提の爲に此の地蔵菩薩を建立すると云ふ。又父常胤も七体の石佛を建立す。中央の一佛は今眞蔵院内不動堂の傍らに存在す。堂宇間口七間三尺奥行五間三尺、境内千二十五坪、境内に不動堂一宇、此の堂の不動尊は波切不動尊にして胤盛の守本尊身丈一寸八分の金像なり。(「千葉縣千葉郡誌」より)


真蔵院の周辺図