大林寺|長生郡長南町長南にある曹洞宗寺院

猫の足あとによる千葉県寺社案内

醫王山大林寺|長南武田氏の菩提所

大林寺の概要

曹洞宗寺院の大林寺は、醫王山と号します。大林寺は、全金大和尚正続が開祖となり、長南武田氏が大永5年(1525)に創建、庁南城主武田豊信が天正年間(1573-1593)に再興、長南武田氏の菩提所でした。天正18年(1590)に徳川家康が関東入国、翌年(1591)には寺領10石の御朱印状を受領しています。

大林寺
大林寺の概要
山号 醫王山
院号 -
寺号 大林寺
住所 長生郡長南町長南1912
宗派 曹洞宗
縁日 -
葬儀・墓地 -
備考 -



大林寺の縁起

大林寺は、全金大和尚正続が開祖となり、長南武田氏が大永5年(1525)に創建、庁南城主武田豊信が天正年間(1573-1593)に再興、長南武田氏の菩提所でした。天正18年(1590)に徳川家康が関東入国、翌年(1591)には寺領10石の御朱印状を受領しています。

「長生郡郷土誌」による大林寺の縁起

醫王山大林寺
同町(長生郡舊上埴生郡廳南町)大字長南字武田に在り、曹洞宗にして境内七百八十坪。寺傳に云ふ、大永五年僧正續の創建にして天正中廳南城主武田豊信再興して菩提寺と爲せりと、同十九年十一月徳川家康寺領十石を寄す。(「長生郡郷土誌」より)

「長南町長南の歴史と民俗」による大林寺の縁起

瀧之内
医王山大林寺
大永五年(一五二五年)に武田氏による創建で、全金大和尚正続が開祖とされ武田氏の菩提寺として知られる。天正十九年(一五九一年) に御朱印寺領が十石寄進されている。元禄五年(一六九二年)消失し再建されたが、明治五年再び消失、同四十三年再建された。(「長南町長南の歴史と民俗」より)


大林寺所蔵の文化財

  • 長南武田氏の墓(長南町指定記念物)

禁制文書附制札

長南武田氏の墓は、曹洞宗醫王山大林寺の境内にある。
長南武田氏は、甲斐の国(現山梨県)武田氏の出で、戦国時代の康正二年より天正十八年長南城落城までの約百四十年間上総に根を下ろした。
武田氏の菩提寺として知られている大林寺は、長南町長南字武田にあり、大永五年、鉤海全金大和尚正續を開祖として、武田氏により創建され、天正年間に五代武田豊信再興と伝えられている。
寺は、元禄年中と明治年中両度の火災に罹り、古記録類は一部を残して焼失してしまったため、その全貌は明らかでない。
家臣団の墓は一部を除いて、当大林寺・市野々の玉泉寺・長南の長久寺にある。(長南町教育委員会掲示より)

醫王山大林寺の周辺図


参考資料

  • 「長生郡郷土誌」
  • 「長南町長南の歴史と民俗」