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今湊新田弁財天|船橋市三山の神社

今湊新田弁財天の概要

今湊新田弁財天は、船橋市三山にある神社です。今湊新田弁財天は、湊村の青山久左衛門が、延宝年間(1673-1681)に当地今湊新田を開発、、湊村善照寺に祀られていた弁財天を文化6年(1809)に渡御、元治元年(1864)に今湊新田の鎮守としてもらい受けたといいます。境内大師堂は、吉橋大師八十八ヶ所77番です。

今湊新田弁財天
今湊新田弁財天の概要
社号 弁財天
祭神 -
相殿 -
境内社 -
住所 千葉県船橋市三山8-43-8
祭日 -
備考 大師堂



今湊新田弁財天の由緒

今湊新田弁財天は、湊村の青山久左衛門が、延宝年間(1673-1681)に当地今湊新田を開発、、湊村善照寺に祀られていた弁財天を文化6年(1809)に渡御、元治元年(1864)に今湊新田の鎮守としてもらい受けたといいます。

境内掲示による今湊新田弁財天の由緒

弁財天の由来
この地は、江戸時代(延宝年間)一六八〇年頃、行徳湊邑の青山久左衛門が、幕府に開墾を願い出て許可され、開墾された地域で地名を「今湊新田」と称していました。実際に移住して開墾したのは青山家の家守をしていた行徳今湊邑の人でした。弁財天は、青山久左衛門が行徳湊邑に建立した「善照寺」に祀られていましたが、(文化六年)一八〇九年にこの地へ渡御されました。
(元治元年)一八六四年に村の鎮守としてもらい受けて祀ってあります。
その時の「古文書」には次のように記されています。
一弘法作辨才天両童子
右之尊像ハ往古其村方ヘ被為在魯魚候御因縁ニ付、村内之奉祟鎮守ニ度旨被願出、則任其意致進上候間、幾久敷為村内zン全可被致候者也。
元治元年甲子年十二月廿四日
下総行徳湊村善照寺十五世宣誉(花押)
(中略)
弁財天は、昭和十五年に火災により焼失したため、昭和十六年に再建されました。
平成十三年五月吉日 三山第二町会巳待講中(境内掲示より)


今湊新田弁財天の周辺図