上総国分尼寺跡。市原市国分寺台中央にある旧跡・名所

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上総国分尼寺跡。市原市国分寺台中央にある旧跡・名所

上総国分尼寺跡の概要

上総国分尼寺跡は、市原市国分寺台中央にある名所旧跡です。上総国分尼寺跡は、天平13年(741)に聖武天皇の詔により上総国分寺とともに建立された上総国分尼寺の跡地で、国史跡に指定されています。当時建立された上総国分尼寺は寺域が約12万㎡と、上総国分寺とほぼ同じ広さを有し、多数の伽藍を有していたことが確認され、平成2年度に市原市が環境整備基本計画を策定、金堂基壇を含めた金堂院の一郭は平成9年に復元されています。

上総国分尼寺跡
上総国分尼寺跡の概要
旧跡・名所名 上総国分尼寺跡
みどころ 国史跡
入場時間 展示館9:00~17:00(月曜・祝日・年末年始休館)
入場料 無料
住所 市原市国分寺台中央3-5-2
備考 -




上総国分尼寺跡の縁起

上総国分尼寺跡は、天平13年(741)に聖武天皇の詔により上総国分寺とともに建立された上総国分尼寺の跡地で、国史跡に指定されています。当時建立された上総国分尼寺は寺域が約12万㎡と、上総国分寺とほぼ同じ広さを有し、多数の伽藍を有していたことが確認され、平成2年度に市原市が環境整備基本計画を策定、金堂基壇を含めた金堂院の一郭は平成9年に復元されています。

境内掲示による上総国分尼寺跡について

国指定史跡上総国分尼寺跡は、市原市が奈良・平安時代に上総国の政治・文化の中心であったことを象徴する歴史的文化遺産です。
市原市では、この貴重な史跡を保存し、次世代に継承していくとともに、市民の郷土史学習や憩いの場として活用するために、平成2年度に環境整備基本計画を策定しました。今回の計画の特色は、野外の史跡での、歴史的建造物の復元とガイダンス施設である展示館の一体的な整備です。
計画に基づき、平成2年度に展示館を、平成3・4年度に復元中門を建設しました。平成5年度からは回廊復元工事に着手し、平成9年3月には金堂基壇を含めた金堂院の一郭がよみがえりました。
今後も、鐘楼などの建造物の復元や、東門・西門・経楼・講堂・軒廊・尼坊・政所院などの基壇表示や修景等の平面整備を進め、天平の史跡を現代によみがえらせていく予定です。(市原市教育委員会掲示より)

ガイドブックによる上総国分尼寺跡について

史跡上総国分寺跡の北東約700mにあり、僧寺として機能を果たした。今から1250年ほど前に建立された寺院です。寺域は約12.3万㎡におよび全国につくられた尼寺跡の中でも最大規模を誇ります。金堂・中門・回廊・講堂・鐘楼・経楼・尼坊・東西門などの中心伽藍の他に、寺を運営する上で必要な大衆院・修理院・賤院等の施設が発掘調査によって確認され、全国に先がけて全貌が明らかになりました。中門・回廊などの建物は当時の工法によって復元されており、往時の姿を偲ばせます。(「いちはら文化財ガイド歴史の旅人」より)

回廊と金堂基壇の復元について

国分尼寺の本尊をまつる金堂を中心として、回廊、中門からなる範囲を金堂院と呼びます。平成3~8年度の整備事業によって、この金堂院を復元しました。
回廊は、幅20尺=6mの瓦積み基壇の上に立つ、礎石建ての単廊です。国分尼寺では、他の建物同様、平安時代に至るまでに何度か建て替えられたことが発掘調査からわかっていますが、ここでは伽藍が最も整備された奈良時代後半当時の姿を復元しました。
復元にあたっては、建築史学の研究成果と発掘調査の結果をもとに、古代の回廊として唯一の現存例である法隆寺回廊、建築部材が出土した山田寺回廊等を参考とし、古代建築の特徴を忠実に再建しました。
金堂は桁行7間23.4m、梁行4間13.2mの四面庇付きの七間堂でした、堂の内部には須弥壇が設けられ、本尊が安置されていました。
今回の復元えは、瓦積み基壇上に、柱位置には礎石を据付け、壁位置には狭間石を並べ据えました。須弥壇側面の格狭間の模様は、奈良時代の遺構である坂田寺講堂跡の須弥壇の出土例を参考にしています。
金堂及び中門の中央を結ぶ軸線上に再現した瓦敷の参道上には、金銅製の燈籠を復元しました。復元は、同時代の唯一の現存例である東大寺燈籠を参考とし、近年の研究成果にもとづいて行いました。(境内掲示より)


上総国分尼寺跡の周辺図