法宣院|市川市中山にある日蓮宗寺院
法宣院の概要
市川市中山にある日蓮宗寺院の法宣院は、中山法華経寺2世日高の兄大田五郎左衛門藤原茂明が、居宅を改めて一寺とし、日高の甥日胤を開山として正和2年(1313)創建したといいます。2世智鏡院日貞は、中山法華経寺院家職・学頭評定職に就いた他、5世久遠成院日親(なべかぶり日親)など高僧を輩出した寺院です。
山号 | - |
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院号 | 法宣院 |
寺号 | - |
本尊 | 一塔両尊四士 |
住所 | 市川市中山3-11-2 |
宗派 | 日蓮宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
法宣院の縁起
法宣院は、中山法華経寺2世日高の兄大田五郎左衛門藤原茂明が、居宅を改めて一寺とし、日高の甥日胤を開山として正和2年(1313)創建したといいます。2世智鏡院日貞は、中山法華経寺院家職・学頭評定職に就いた他、5世久遠成院日親(なべかぶり日親)など高僧を輩出した寺院です。
「市川市内の寺院明細帳」による法宣院の縁起
法華経寺地中 法宣院
開宗祖日蓮大士法孫日胤ノ開基正和二年癸丑四月創立(「市川市内の寺院明細帳」より)
「日蓮宗寺院大鑑」による法宣院の縁起
正和2(1313)年4月の創立。開山日胤。親師法縁。大田五郎左衛門藤原茂明(太田乗明の息・中山2世日高の兄)はその館を改め寺となし、日高の俗甥日胤を開山とした。2世智鏡院日貞は開山の肉弟、本山院家職・学頭評定職についた。3世日英の俗兄の二子が日国・日親で、4世日国(本山頂妙寺開祖日祝の師)、5世久遠成院日親(なべかぶり日親)と継いだ。のち衰微したが、大正5年、46世金剛院日康以来、堂宇を復興している。5世久遠成院日親は本法寺1世へ。7世日輝は小湊誕生寺7世へ。(「日蓮宗寺院大鑑」より)
法宣院の周辺図
参考資料
- 「市川市内の寺院明細帳」
- 「日蓮宗寺院大鑑」