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四号稲荷神社|柏市豊四季の神社

四号稲荷神社の概要

四号稲荷神社は、柏市豊四季にある神社です。四号稲荷神社は、小金牧跡地の開墾が明治2年より始められ、4番目に開墾された「豊四季」を開拓した有志から稲荷神社創建の声があがり、明治26年に創建したといいます。当地は江戸時代に放牧した馬を追い込む「捕込」が設定されていたことから、捕込稲荷神社とも、また当地区「四号」から四号稲荷神社とも呼ばれていたといいます。境内の大師堂は、江戸川八十八ヶ所霊場26番です。

四号稲荷神社
四号稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 荼枳尼眞天
相殿 -
境内社 -
住所 千葉県柏市豊四季945−1
祭日 例祭日10月15日
備考 -



四号稲荷神社の由緒

四号稲荷神社は、小金牧跡地の開墾が明治2年より始められ、4番目に開墾された「豊四季」を開拓した有志から稲荷神社創建の声があがり、明治26年に創建したといいます。当地は江戸時代に放牧した馬を追い込む「捕込」が設定されていたことから、捕込稲荷神社とも、また当地区「四号」から四号稲荷神社とも呼ばれていたといいます。

境内石碑による四号稲荷神社の由緒

稲荷神社の由来
鎮座地縁起
当地、旧豊四季村は江戸時代に幕府直轄の野馬の放牧場「小金牧」のうち「上野牧」(カミノマキ)と言われた。上野牧時代には、この地に「捕込」(トリゴメ)が置かれ、毎年、放牧馬を集めて選別する「野馬捕り」が盛大に行われた。稲荷神社鎮座地は、旧捕込から日光東往還を挟んだ西側である。
明治二年、新政府と東京府は小金牧跡地の開墾を開始、旧上野牧は第四番目の開墾地として「豊四季」と命名された。同年十一月十七日、東京からの移住を第一弾に、以後各地から多数の人たちが移り荒地の開墾に挑んだ。
明治初期、旧捕込の西側一帯の広大な土地は維新の元勲岩倉具視が所有し、神社鎮座地もその一部であった。
創建由緒
旧豊四季村の体制が落ちついてきた明治二十年代、当地区(旧四号)の有志から五穀豊穣の神「稲荷神社」創建の発議があり、明治二十六年九月二十九日、『四号組稲荷社設立ノ件ニ付集会』(杉浦信之助「日記」)を開催した。直ちに神社創建を決定し社殿の造営に入った。
当初、稲荷神社は地名から「四号稲荷神社」、「捕込稲荷神社」とも呼ばれた。以後、地域の鎮守として住民から篤い信仰を集め現在に至っている。(境内石碑より)


四号稲荷神社の周辺図


参考資料

  • 千葉県神社名鑑
  • 「柏市史」