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大正寺|松戸市松戸にある日蓮宗寺院

大正寺の概要

日蓮宗寺院の大正寺は、塚越山と号します。大正寺は、宅川庄兵衛が法華経の教えを広めようと、自らの邸宅に真間山弘法寺第十世禅智院日感上人を招き、さらに法華塚と呼ばれていた当地に慶長13年(1608)仏堂を建立、塚越山田正行寺と称したといいます。安政の大地震により安政2年(1855)堂宇倒潰、寺域も荒廃し正行庵と呼ばれるようになったところ、檀信徒の努力により大正2年堂宇を建立、大正寺と改号して慈光院日純上人が中興開山しています。

大正寺
大正寺の概要
山号 塚越山
院号 -
寺号 大正寺
住所 松戸市松戸1386
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



大正寺の縁起

大正寺は、宅川庄兵衛が法華経の教えを広めようと、自らの邸宅に真間山弘法寺第十世禅智院日感上人を招き、さらに法華塚と呼ばれていた当地に慶長13年(1608)仏堂を建立、塚越山田正行寺と称したといいます。安政の大地震により安政2年(1855)堂宇倒潰、寺域も荒廃し正行庵と呼ばれるようになったところ、檀信徒の努力により大正2年堂宇を建立、大正寺と改号して慈光院日純上人が中興開山しています。

「松戸のお寺」による大正寺の縁起

日蓮宗塚越山大正寺
塚越という山号の示すとおり当山の位置する所は、古来法華塚と呼ばれていたものと思われます。
その地に、宅川庄兵衛という法華篤信者がありました。自らの邸に真間山弘法寺第十世禅智院日感上人を招き、広く里人にも聞法の機会を開きました。やがてその狭隘を痛感した庄兵衛は、法華塚に一宇の仏堂を建てることを決意します。日感上人は深くこれを悦び、自ら立像の釈迦牟尼仏ならびに宗祖尊像を安置して、塚越山田正行寺と称しました。時に慶長十三年(一六〇八)二月六日のことです。
爾来歴代の住職大いに寺門興隆に努めましたが、安政二年(一八五五)の大地震による堂宇倒壊後は再建叶わず、久しく無住にして荒廃し、いつしか正行庵と呼ばれ、明治維新を迎えるに至りました。この後大正寺創立への経緯は、境内に建つ石碑「大正寺創立記」に慈光院日純上人が記すところです。すなわち「予始めて該庵に布教を試みるや時に各宗聯合の佛教心光教会なるものあり其会員多く来聴す。これを縁として」一寺創立の機運高まるとあります。大正二年(一九一三)正行庵改め大正寺の創立は宗派を超えた願いの結集といえましょう。中興開山日純上人からの法灯は現第五世に至っています。平成二十五年には創立百周年慶讃法要が営まれました。(「松戸のお寺」より)

「松戸市史料 第4集 松戸町誌・小金町誌」による大正寺の縁起

大正寺
松戸町陣屋口ニアリ。日蓮宗ニシテ塚越山ト号シ日蓮上人ヲ本尊トス。元、正行庵ト称シ中矢切浄安寺ノ支配ヲ受ケシガ、大正二年檀家信徒ノ力ニヨリ一大堂宇ヲ新築シ、大正寺ト改メシナリ。現住職ハ中村寂靜氏ニシテ、堂宇間口五間・奥行七間・境内百坪ナリ。(「松戸市史料 第4集 松戸町誌・小金町誌」より)


大正寺の周辺図


参考資料

  • 「松戸のお寺」
  • 「松戸市史料 第4集 松戸町誌・小金町誌」