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善福寺|浦安市当代島にある新義真言宗寺院

善福寺の概要

浦安市当代島にある新義真言宗寺院の善福寺は、東海山と号します。善福寺は、興教大師の法孫栄祐が明暦3年(1656)に開基したといいます。行徳・浦安観音霊場三十三ヵ所29番です。

善福寺
善福寺の概要
山号 東海山
院号 -
寺号 善福寺
住所 浦安市当代島2‐6‐27
宗派 新義真言宗
葬儀・墓地 -
備考 -



善福寺の縁起

善福寺は、興教大師の法孫栄祐が明暦3年(1656)に開基したといいます。

「浦安市史」による善福寺の縁起

東海山善福寺は新義真言宗に属し、当代島二丁目六番二七号にある。明暦三年(一六五六年)、興教大師法孫栄祐の開基といわれ、本尊には阿弥陀如来を祀っている。檀家数は約三〇〇戸で、境内は約一九九六平方メートル、内匠堀で有名な田中十兵衛の墓や昭和初期の海難事故者を祀る六地蔵がある。(「浦安市史」より)


善福寺所蔵の文化財

  • 宝篋印塔

宝篋印塔

宝篋印塔とは、主に中世以降に建てられた石塔の一形式で、この名称は、「宝篋印塔陀羅尼」の経文を内部に納めたことに由来します。
この宝篋印塔は、善福寺が創建された明暦二年(一六五六)からちょうど百年目にあたる宝暦六年(一七五六)に建てられてました。
塔には、この塔の建立に尽力した人物の名が刻まれており、當代島村、猫実村、新井村、欠真間村、相野川村など、近くの村だけでなく、江戸に住む人々の名もみられます。また、この塔をつくった石工、江戸北八丁堀松屋丁(町)上総屋仁兵衛の名も刻まれています。
平成元年(一九八九)、塔の内部から「宝篋印塔陀羅尼」が刻まれた銅板のほか、宝暦五年の「宝篋塔多宝塔建立勧化帳」、「寄付金帳」などの古文書類、また和歌に包まれた三本の歯や木製の小さな塔などの資料が発見されました。
それらによると、この塔を供養、礼拝すれば長い間積もった罪科が消滅するなどの建立趣旨や、近隣の村人たちがお金を出しあってこの塔を建てたということがわかります。
市内では、宝城院(堀江四丁目)や花蔵院(猫実三丁目)にも宝篋印塔が存在しています。(浦安市教育委員会掲示より)

善福寺の周辺図


参考資料

  • 「浦安市史」