示現寺。福島県喜多方市熱塩加納町にある曹洞宗寺院

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護法山示現寺。源翁禅師開山、会津三十三観音

示現寺の概要

曹洞宗寺院の示現寺は、護法山と号します。示現寺は、空海が真言宗道場として大同年間(806-810)に創建したと伝えられます。源翁禅師が霊夢により、曹洞宗寺院として永和元年(1375)に開山、熱塩温泉を拓き、応永年間(1394-1428)には後小松天皇より紫衣勅號を受けた他、蘆名氏をはじめ歴代領主より寺領の寄附を受け、末寺32ヶ寺を擁していたといいます。当寺観音堂は熱塩観音堂と称され、会津三十三観音5番札所となっています。

示現寺
示現寺の概要
山号 護法山
院号 -
寺号 示現寺
住所 喜多方市熱塩加納町熱塩795
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



示現寺の縁起

示現寺は、空海が真言宗道場として大同年間(806-810)に創建したと伝えられます。源翁禅師が霊夢により、曹洞宗寺院として永和元年(1375)に開山、熱塩温泉を拓き、応永年間(1394-1428)には後小松天皇より紫衣勅號を受けた他、蘆名氏をはじめ歴代領主より寺領の寄附を受け、末寺32ヶ寺を擁していたといいます。

「福島県耶麻郡誌」による示現寺の縁起

熱鹽村字熱鹽に在り
一宗派:曹洞宗
一本山:諸嶽山 總持寺。石川縣能登國鳳至郡寺田村
一開山創立:往古は密宗の道場にして大同年中に空海の創立する所なり。永和元乙卯年七月開山源翁和尚、曾て此山に遊て林壑の美を愛す偶々神人あり、和尚に攝して云師當に此山に住すへしと。和尚の曰、是密宗の道場なり吾住する寺にあらす、神人曰吾言に順はすんは院宇盡く焼亡せんと云て奇異の相を現し強て和尚を請し入院せしむ。此日門前の一巨樹自ら焼燼する事二三日根より忽ち温泉湧出す。人皆愕然たり。巫祝神降して所以を問ふ、託して云、我は前日の神人なり、和尚の沐浴のために此温泉を湧出す、和尚は是觀音薩埵化身、吾は鎮守熊野権現と云、了て神昇、是則ち今の温泉なり。又一池の鹽泉を涌して常に鹽味を供するは和尚嚮に藝州の航路にて大法を龍神に授くるの報なり。慶長十六年地震に鹽池温泉混し明徳元庚午年鎌倉より總持寺峩山禅師に告て那須野の怪石を済度せしむ。爾時師老翁台命に應する能はす、即ち弟子の源翁和尚をして代理たらしむ。和尚師命に随ひ野州に赴き怪石に三歸三聚の戒法を授け七言の偈を唱へ杖を持って一喝せしに怪石破砕磊々たり。此事世人の諳する所故委しく賛せす。應永二乙亥年後小松天皇叡威ありて紫衣勅號の褒賞を賜ふ。蘆名盛氏及代々の領主より數箇の寺領を賜はることを枚擧するに遑あらす。爾りしより派流の末山三十二箇寺今存するもの當國二十九、越後國に二都て三十一箇。寺昔は境内に十二の支院あり。天文六年囘禄にあひ漸々退轉す。後降て三十八世秀國秀洞庵一院を再興す。開山源翁和尚入院より今(明治十一年)に至る凡五百有餘年住寺の歴世四十代に及ふ
一本尊:虚空蔵菩薩(「福島県耶麻郡誌」より)

熱塩観音堂について

この観音堂は、記録によれば天明8年(1788)の建立とされ、会津三十三観音五番札所として知られている。堂の規模は三間四方で北面し、屋根は宝形造、禅宗様の様式を取り入れた江戸時代後期の建築物として貴重である。堂善面の向拝柱には青海波文や龍、鷲、牡丹など動植物の浮彫彫刻が施され、全体的に華やかな印象をうける。
御詠歌
後の世を救け給えや観世音 慈悲熱塩に参る身なれば(「極上の会津プロジェクト協議会”会津の三十三観音めぐり”ストーリー」掲示より)


いいお墓

示現寺所蔵の文化財

  • 示現寺総門
  • 示現寺観音堂

示現寺総門

この総門は南北朝時代の永和元年(一三七五)曹洞宗の源翁禅師開山になる名刹本山示現寺の玄関に当り、華麗な彫刻はないが安土桃山時代の作風を汲む豪壮清楚な四脚門は江戸時代寛保年間(一七四一)以後の建立である。
中央上を仰げば頭貫上に「第一義」の扁額があり、曹洞宗の根本、只ひたすらに座禅をなし悟りの道を得る「只管打坐」を意味する。
構造を見ると一門一戸、梁間二会いあ、瓦葺の円柱四脚門えある。中央左右に立つ二本の円柱は扇筋の柱といい、前後に二本ずつの控柱を備え、自然石の礎石の上に礎盤をあしらう柱が立つ、重厚な頭貫、組物、龍を彫る蟇股二段垂木の美しさ、側面から見ると切妻の破風板は二重破風を表現し、中央に拝懸魚、その下に左右の降懸魚、内部に大虹梁、大瓶束などが見え、総欅製のこの山門は会津における近世建築の代表的なものとなっている。(喜多方市教育委員会掲示より)

示現寺観音堂

この観音堂は、記録によれば天明八年(一七八八)の建立とされ、会津三十三観音五番札所として知られている。
堂の規模は三間四方で北面し、屋根は宝形造、茅葺き金属板覆い、堂の周囲は緑を廻し、正面に「観世音」の扁額を掲げる。堂善面には向拝が設けられる。
本尊は木造千手観音立像で、仏像体内に観音小像を納めるという。
向拝の向拝柱は角柱で、正面は波濤、蒼海波文、龍などが薄浮彫りで施され、側面は刻線で区画し、区画内は幾何学文や蓮の花などが線刻される。また、左右の手挟みは牡丹と菊、正面蟇股は龍、虹梁の左右蟇股は柏に鷲、梅に鶯の彫刻で飾られる。頭貫、繋虹梁先端には象、獅子の懸鼻が懸けられ、全体的に華やかな印象を受ける。
この観音堂は堂柱の粽や台輪など、禅宗様(唐様)建築の様式を取り入れた江戸時代後期の建築物として貴重である。(喜多方市教育委員会掲示より)

示現寺の周辺図


参考資料

  • 「福島県耶麻郡誌」