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大光院|群馬県太田市にある浄土宗寺院

大光院の概要

浄土宗寺院の大光院は、義重山新田寺と号します。大光院は、慶長18年(1613)徳川家康がその祖とした新田義重(源義家孫・新田氏祖)を追善するため創建、徳川幕府より寺領300石の御朱印を拝領、浄土宗関東十八檀林の一つとして浄土宗の関東における学問所となっていたといいます。東上州三十三観音特別札所、武州太田七福神の弁財天です。

大光院
大光院の概要
山号 義重山
院号 大光院
寺号 新田寺
本尊 阿弥陀如来像
宗派 浄土宗
住所 太田市金山町37-8
葬儀・墓地 -
備考 東上州三十三観音特別札所、武州太田七福神の弁財天



大光院の縁起

大光院は、慶長18年(1613)徳川家康がその祖とした新田義重(源義家孫・新田氏祖)を追善するため創建、徳川幕府より寺領300石の御朱印を拝領、浄土宗関東十八檀林の一つとして浄土宗の関東における学問所となっていたといいます。

太田市教育委員会掲示による大光院の縁起

「呑龍様」の名で親しまれている大光院は慶長十八年(1613)徳川家康がその祖とした新田義重(源義家孫・新田氏祖)を追善するため創建したものである。寺名の義重山新田寺大光院は義重の法号「大光院殿方山西公大禅定門」による。寺領三百石、徳川幕府が定めた浄土宗の学問所関東十八檀林の一寺となる。
初代住職には江戸芝増上寺の観智国師の一人呑龍上人が迎えられた。呑龍は庶民教育に心をくだき、生活困窮者の子供を弟子の名目で養育、その高徳により「子育て呑龍」として信仰を今に集めている。(太田市教育委員会掲示より)


大光院所蔵の文化財

  • 大光院吉祥門(太田市指定重要文化財)

大光院吉祥門

吉祥門は元和元年(1615)に中門として建立されたと伝えられている。名前の由来について次のような言い伝えがある。この山門が上棟された日に大阪城が落城し、徳川方にとってめでたく記念すべきことであったので、徳川家康により吉祥門と名付けられたという。吉祥門は間口三間、奥行き一間の切り妻造り、桟瓦葺である。比較的簡素にできているが、瓦の葺き替え・袖垣の修理のほかはほとんど当時のまま保存され古式をよく遺している。大光院創建期の姿を伝えているといわれる本堂内陣・大方丈・小方丈・庫裏とともに、本市における数少ない近世初頭の建築物として重要なものである。(太田市教育委員会掲示より)


大光院の周辺図


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