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稲荷氷川神社|板橋区坂下の神社

稲荷氷川神社の概要

稲荷氷川神社は、板橋区坂下にある神社です。稲荷氷川神社の創建年代等は不詳ながら、大正13年に蓮根氷川神社が移転することになった際、稲荷社が祀られていた当地に蓮根氷川神社の遥拝所として設けられ、昭和13年には厳島神社を、翌年には第六天神社を合祀したといいます。

稲荷氷川神社
稲荷氷川神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 蒼稲魂神
相殿 市杵島比売命、面足尊
境内社 稲荷社
住所 板橋区坂下3-5-7
備考 -



稲荷氷川神社の由緒

稲荷氷川神社の創建年代等は不詳ながら、大正13年に蓮根氷川神社が移転することになった際、稲荷社が祀られていた当地に蓮根氷川神社の遥拝所として設けられ、昭和13年には厳島神社を、翌年には第六天神社を合祀したといいます。

板橋区教育委員会掲示による稲荷氷川神社の由緒

(蓮沼村)
稲荷社四
二は南蔵院持一は蓮華寺持一は金剛院の持(板橋区教育委員会掲示より)

「いたばしの神社」による稲荷氷川神社の由緒

創立年代不詳。農家三軒の頃から鎮座するという。伝える所に依ると、その昔、この地にありし稲荷神社を現在の蓮根二-六-一の地(註:現蓮根氷川神社)に移転したが、移転先の人々は氷川神社を創建して、移転して来た稲荷神社を摂社として奉祀したという。
移転されてしまった後は、人々はその跡地に遥拝所を作って神拝する時代を過した。大正十三年になって土地の川口氏が境内地を奉納して、「稲荷氷川神社」の社殿が作られた。これが現在の稲荷神社と云われる。昭和十三年十二月、長後町二二八五番の厳島神社(御祭神市杵島比売命)、舟渡二-三四の第六天神社(御祭神面足尊)を合祀した。
明治十九年七月の記録には、社殿は石祠で向八寸奥七寸と記され、信徒は百弐戸とある。(「いたばしの神社」より)

東京都神社名鑑による稲荷氷川神社の由緒

創立年代は不詳であるが、当地に農家三軒しかなかった時代より鎮座するという。新河岸川開さくのため、大正十三年に旧蓮沼字前沼(丸池)にあった氷川神社を蓮根に遷すことになったとき、この地の住民の要請によって、当神社境内に氷川神社の遥拝所を設けた。昭和十三年十二月厳島神社を、翌十四年八月に第六天神社を合祀して境内地を拡張整備した。(東京都神社名鑑より)


稲荷氷川神社の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「いたばしの神社」
  • 東京都神社名鑑