自保山福泉寺|坂戸に創建、昭和17年当地へ移転
福泉寺の概要
曹洞宗寺院の福泉寺は、自保山と号します。福泉寺は、入間郡関間新田の開拓に際して永見寺を退隠した即萬慧忍大和尚(寛保2年1742年寂)を招いて寛保年間(1741-1744)坂戸に創建、昭和17年当地へ移転したといいます。
山号 | 自保山 |
---|---|
院号 | - |
寺号 | 福泉寺 |
住所 | 板橋区中板橋29-2 |
本尊 | 釈迦牟尼仏 |
宗派 | 曹洞宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
福泉寺の縁起
福泉寺は、入間郡関間新田の開拓に際して永見寺を退隠した即萬慧忍大和尚(寛保2年1742年寂)を招いて寛保年間(1741-1744)坂戸に創建、昭和17年当地へ移転したといいます。
いたばしの寺院による福泉寺の縁起
宗派は曹洞宗で、自保山福泉寺と号し、御本尊は釈迦牟尼仏です。
即萬慧忍大和尚が寛保年間(1741-1744)に創建したとされますが、詳細な沿革は明らかではありません。昭和17年11月に埼玉県坂戸町関間新田より当地に移転してきました。
門前の地蔵堂には、延享3年(1746)に造立された延命子育地蔵が安置されています。このお地蔵さまは昭和20年代に一時期商店街に移動され、これをきっかけに縁日が始まるなど、中板橋の復興にも大きな役割を果たしました。
当寺が移転して来る前、この辺りには石神井川の水を利用したプール(遊泉園)があり、その利用者のために夏季には臨時の駅が開設されました。その後昭和8年に常設となり、中板橋駅が誕生しました。(いたばしの寺院より)
新編武蔵風土記稿による福泉寺の縁起
(入間郡關間新田)福泉寺
曹洞宗、江戸淺草永見寺の末、白保山と號す、本尊彌陀を安ぜり、當村開發の時本山永見寺の世代の内にて隠居せし即寓と云僧を招待して、この一寺を成せり、即寓は寛保二年に寂すと云。(新編武蔵風土記稿より)
福泉寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「いたばしの寺院」