雲晴山瑞正寺|昭和53年三田貞林寺を合併
瑞正寺の概要
浄土宗寺院の瑞正寺は、雲晴山貞林院と号します。瑞正寺は、念蓮社正誉本瑞和尚が天文7年(1538)に創建したといいます。昭和53年三田貞林寺を合併、雲晴山貞林院瑞正寺と改称しました。
山号 | 雲晴山 |
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院号 | 貞林院 |
寺号 | 瑞正寺 |
住所 | 葛飾区東金町5-46-5 |
本尊 | 阿弥陀如来・両夾侍像 |
宗派 | 浄土宗 |
葬儀・墓地 | 墓苑募集中 |
備考 | - |
瑞正寺の縁起
瑞正寺は、念蓮社正誉本瑞和尚が天文7年(1538)に創建したといいます。昭和53年、三田貞林寺を合併、雲晴山貞林院瑞正寺と改称しました。
新編武蔵風土記稿による瑞正寺の縁起
瑞正寺
浄土宗、新宿町西念寺末、荘厳山功徳院と号す。開山念蓮社正誉三世は円蓮社本誉と云、天正3年10月4日寂せると傳ふれば、開山年代は推て知べし。本尊弥陀。(新編武蔵風土記稿より)
葛飾区寺院調査報告による瑞正寺の縁起
天文7年(1538)念蓮社正誉本瑞和尚の草創、元亀3年(1572)第三世円蓮社本誉源公上人の時、新宿西念寺の末寺となったことは、当寺所属過去帳の奥記の記事に明らかである。(以下原文省略)
ただし、元禄8年(1695)の「蓮門精舎旧詞」には、天正3年(1575)円蓮社本誉の起立、清蓮社混誉香念の中興としている。本堂は安政2年(1855)10月の大地震で倒壊し、17世秀誉和尚が再建し、大正5年改修され、さらに目下新築中である。昭和53年10月25日、港区三田4-4-17貞林寺を合併、貞林寺の山号寺号を採って、従来の山号院号荘厳山功徳院を雲晴山貞林院と改めた。貞林寺は慶長16年(1611)宝蓮社信誉貞林が京橋8丁目に起立し、後、御用地となったため、三田寺町に移転したことが、元禄の「蓮門精舎旧詞」に見え(以下省略)
なお墓域には、徳川家の御典医法眼小島宝素の墓碑と桂文楽の師桂才賀等の墓がある。(葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)
合併した三田貞林寺について
貞林寺 三田南寺町十番地
増上寺末、雲晴山浄業院と稱へる。初め八丁堀にあり、後此處に移つた。僧貞林の創建する所である。寺内の観音堂には馬郎婦観音を安置する。(「芝區誌」より)
葛飾区寺院調査報告による瑞正寺の縁起
瑞正寺の周辺図