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久国神社|港区六本木の神社

久国神社の概要

久国神社は、港区六本木にある神社です。久国神社の創建年代は不詳ですが、古くより千代田村紅葉(皇居内)にあったといい、太田道濯が江戸城築城の際、寛正6年(1465)城隍の鎮守として溜池に遷座したといいます。寛保元年(1741)当地に遷座、昭和20年久国神社と改称したといいます。港区七福神の恵比寿です。

久国神社
久国神社の概要
社号 久国神社
祭神 倉稲魂命
相殿 -
境内社 猿田彦神社
住所 港区六本木2-1-16
備考 -


※御朱印はいけみずさんより寄贈


久国神社の由緒

久国神社の創建年代は不詳ですが、古くより千代田村紅葉(皇居内)にあったといい、太田道濯が江戸城築城の際、寛正6年(1465)城隍の鎮守として溜池に遷座したといいます。寛保元年(1741)当地に遷座、昭和20年久国神社と改称したといいます。

「東京都神社名鑑」による久国神社の由緒

勧請年月不詳ながら、古くはもと千代田村紅葉(現皇居内)に鎮座されていたという。長禄元年(一四五七)太田道濯江戸城築城につき寛正六年(一四六五)溜池に城隍の鎮守として遷座され、後に久国作の刀が寄進されたので久国稲荷神社と称するようになった。永禄三年(一五六〇)その地が公用に属したため、寛保元年(一七四一)に当所に遷座され、昭和二十年十月二十五日より久国神社と称するようになった。(「東京都神社名鑑」より)

「麻布區史」による久国神社の由緒

久國神社(無格社)谷町八
祭神倉稲魂尊、大祭六月八日。寛正六年太田道灌が江戸城湟の鎮護として溜池に祀る處で、後永禄三年現地に移つた。溜池の舊地に神木の榎があつたと『府内備考』に記されてゐるが、今は無論存せず其の遺址だに判らない。別當は林昌寺であつた。久國の名稱は道灌寄附の久國作銘刀に由来すると云ひ、今も神寶として秘蔵されてゐる。
昭和二年十二月十七日現社號に改稱した。社殿は流造、氏子は七百戸、谷町と箪笥町がその區域である。(「麻布區史」より)

「東京名所図会」による久国神社の由緒

稲荷神社
麻布谷町九番地に稲荷神社あり、世に久國神社と稱せり、今井町の高臺を負ひ、石磴十級、壇上に社殿、神楽殿、水屋あり、拝殿に久國社の額面を掲く、勝安芳伯の筆なり。
新編江戸志に云、稲荷神社(俗に久國稲荷と云)谷町鎮守、三寶院派別當岸照山林昌寺。當社舊地は溜池なり、其所に神木の榎今にありと。
寶物に久國の寶剣あり、是、即ち久國社の名ある所以とす。祭神は宇迦御魂命なり。明治二年神佛分離の際、別當林昌寺復飾したるも、其後荒廃し、舊記散亂したれば、今徴すべきなし、無格社にして、西町氷川神社社掌羽倉光表氏の受持奉祀たり。祭典は毎年六月七、八兩日、氏子は谷町及び箪笥町なり。(「東京名所図会」より)


久国神社の周辺図


参考資料
  • 「麻布區史」
  • 東京都神社名鑑
  • 東京名所図会