法燿山本立寺|井口忠兵衛が開基、関のぼろ市
本立寺の概要
日蓮宗寺院の本立寺は、法燿山と号します。本立寺は、井口忠兵衛が開基、日誉上人(慶安2年1649年寂)が開山となり当地に創建したといいます。毎年12月9日に行われる暮の市「関のぼろ市」は練馬区登録無形民俗文化財に登録されています。
山号 | 法燿山 |
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院号 | - |
寺号 | 本立寺 |
住所 | 練馬区関町北4-16-3 |
本尊 | 三宝祖師 |
宗派 | 日蓮宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
本立寺の縁起
本立寺は、井口忠兵衛が開基、日誉上人(慶安2年1649年寂)が開山となり当地に創建したといいます。毎年12月9日に行われる暮の市「関のぼろ市」は練馬区登録無形民俗文化財に登録されています。
練馬区教育委員会掲示による本立寺の縁起
本立寺は、山号を法燿山といい、日蓮宗のお寺です。
記録によりますと開祖は日誉上人、開基は井口忠兵衛と記されております。
日誉上人は慶安2年(1649)寂、井口忠兵衛は寛永16年(1639)関村検地の名主を勤めていますので、当寺の創建はその頃と思われます。
本尊は特に、「旭日日蓮大菩薩」と尊称され、出世開運のお祖師様として多くの人々の崇敬をあつめております。
墓地には開基以来関村名主を勤めた井口氏累代の墓があります。
毎年12月9日にはお会式が行われ、10日にかけて門前に暮の市が立ちます。この市は昔は農具や呉服、古着などを売る店が多く、「関のぼろ市(練馬区登録無形民俗文化財)」と呼ばれて近郷近在の人々から親しまれてきました。今も時代の移り変わりの中に昔の面影を残しながら暮の行事として賑わいます。(練馬区教育委員会掲示より)
「練馬の寺院」による本立寺の縁起
『新編武蔵風土記稿』に「本立寺。法華宗。新座郡小榑村妙福寺末。法耀山ト号ス。本尊三宝祖師ヲ安ス。開山日誉。寛永二年寂ス。当時名主ヲ勤メシ政右衛門ト云ヒシモノ開基セリト云。」とある。文政八年(一八二五)六月の『寺附明細改帳』に「開祖真如院日誉上人法種山十一祖慶安二巳子四月十八日寂、開基人清光院日耀贈大徳俗名井口忠兵衛跡政右衛門ト申者御座候」と記してある。
寺伝によると、当山の御本尊はお立姿で、特に「旭日蓮大菩薩」と尊称され出世開運のお祖師さまとして、檀信徒の尊崇を集めてきた。なお歴代上人についての事績の一々は詳らかでないが開山以来法華経宣布道場として法灯を今日に継いできている。
旧本堂は、開山当時の建物と推定されていた。しかし極度に荒廃したので、昭和四十一年(一九六六)十一月に解体し、四十三年(一九六八)十二月現在の鉄筋コンクリートの立派な本堂のほか、三角形に形どった供養塔など近代的な建造物が竣工した。また五十七年(一九八二)には山門が建築された。
本立寺のお会式に伴い、毎年十二月九日・十日には門前に市(関のぼろ市)が立つ。江戸時代から始まったと伝えられ、昭和の初め頃には、正月用品や農具が売られていた。現在は、古道具や植木などを売る露店が二百軒以上並び多くの人々でにぎわう。(「練馬の寺院」より)
本立寺所蔵の文化財
- 関のぼろ市(練馬区登録無形民俗文化財)
本立寺の周辺図
参考資料
- 練馬の寺院(練馬区教育委員会)