馬込神明社|増上寺領だった当地域の鎮守
馬込神明社の概要
馬込神明社は、大田区南馬込にある神明社です。馬込神明社の創建年代は不詳ですが、増上寺領だった当地域の鎮守として崇敬されてきました。
社号 | 神明社 |
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祭神 | 天照皇大神、豊受姫大神 |
相殿 | - |
境内社 | 厳島神社 |
住所 | 大田区南馬込1-40-11 |
備考 | 瑞穂幼稚園併設 |
馬込神明社の由緒
馬込神明社の創建年代は不詳ですが、増上寺領だった当地域の鎮守として崇敬されてきました。
「大田区の神社」による馬込神明社の由緒
創建の年代は明らかでない。
江戸時代には神明宮と称しており、馬込村のうち増上寺領であった区域の鎮守であった。(「大田区の神社」より)
新編武蔵風土記稿による馬込神明社の由緒
(馬込村)神明社
除地九畝十歩、村の東方に當りて坂上にあり、此所は増上寺領の内にて、かの領内の民の鎮守なり、鎮座の年歴詳ならず、本社は六尺に八尺の宮作也、拝殿二間に三間、前に石階二十五級ありて其下に鳥居をたつ、祭禮は年苑九月十七日、神楽を神前に奏す、百姓組合持にして別當寺は祭祀を司るのみ。
末社辨天社。稲荷社。
別當泉生寺。年貢地一段七畝五歩、社地に續きてあり、曹洞宗村内萬福寺末、天照山と號す、開山は天永源堯和尚承應二年正月廿日寂す、第二世を超岩傳宗和尚と號す、當寺を起立せし事實は此傳宗の功なれど、自ら開山の位に居ることを憚りて、其師源堯を請して開山とせり、本尊阿弥陀如来の立像を客殿に安置す。(新編武蔵風土記稿より)
馬込神明社所蔵の文化財
- 庚申燈籠(大田区指定有形民俗文化財)
馬込神明社の周辺図