天保二年銘道標|中通りと品川道の交差点に造立された道標
天保二年銘道標の概要
天保二年銘道標は、品川区中延にある名所旧跡です。天保二年銘道標は、中延を横断する中通りと、南品川宿から千束へ続く品川道との交差点に立てられた道標です。この道標は、増上寺領だった下中延村の題目講の人達が天保2年(1831)に造立したもので、品川区史跡に指定されています。
名称 | 天保二年銘道標 |
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みどころ | 史跡 |
区分 | 品川区指定史跡 |
住所 | 品川区中延5-12-8 |
備考 | - |
天保二年銘道標
天保二年銘道標は、中延を横断する中通りと、南品川宿から千束へ続く品川道との交差点に立てられた道標です。この道標は、増上寺領だった下中延村の題目講の人達が天保2年(1831)に造立したもので、品川区史跡に指定されています。
品川区教育委員会掲示による天保二年銘道標について
東海道を南品川宿で分かれて大井を横切り、中延と馬込の境を通って千束で中原街道に合流する品川道と、中原街道を平塚橋で分かれて中延・馬込を通り、新井宿で池上道と結ぶ通称中通りの交差点に建てられた道標である。
道標の四面には、行先と天保二年(一八三一)に下中延村の題目講の人々が建てたものであることが刻まれている。下中延村とは、中延村の増上寺領の区域を示す俗称で、同じ中延村の天領(江戸幕府が直接支配した土地)の区域は、上中延村と呼んだ。
この道標は、江戸時代における主要道路の道筋を示す資料として貴重なものであり、また、同じ中延村であっても、支配者が違えばそれぞれ別個に講の集団を組織したことを示す資料としても価値が高い。(品川区教育委員会掲示より)
天保二年銘道標の周辺図
関連ページ
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- 品川区中延