宝蓮山光取寺|品川区上大崎にある浄土宗寺院
光取寺の概要
浄土宗寺院の光取寺は、宝蓮山摂現院と号し、増上寺下屋敷内子院8ヶ寺の一つです。寛永元年(1624)に江戸の芝西久保に起立、寛永11年(1634)に麻布魅穴(狸穴)への移転を経て、天和3年(1633)に当地へ移転しました。
山号 | 宝蓮山 |
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院号 | 摂現院 |
寺号 | 光取寺 |
住所 | 品川区上大崎1-5-10 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
宗派 | 浄土宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
光取寺の縁起
光取寺は、増上寺下屋敷内子院8ヶ寺の一つです。寛永元年(1624)に江戸の芝西久保に起立、寛永11年(1634)に麻布魅穴(狸穴)への移転を経て、天和3年(1633)に当地へ移転しました。
「品川区の文化財」による光取寺の縁起
増上寺下屋敷内子院8ヶ寺の一つである。寛永元年(1624)に江戸の芝西久保に起立された。この頃は慶安寺と呼ばれていた。寛永11年(1634)に麻布魅穴(狸穴)に寺地を賜って移った。
寛文元年(1661)にこの地は甲府公の御用地となったので召上げられ、天和3年(1633)に現在の場所に移った。この時、現在の宝蓮山摂現院光取寺の名称に改めたという。(「品川区の文化財」より)
新編武蔵風土記稿による光取寺の縁起
(上大崎村)光取寺
運山攝現院と號す、開山向譽知童寛永元年江戸西久保に起立し慶安寺と云、同十一年麻布狸穴に移り、寛文元年御用地となり、天和三年ここに移り今の寺號に改む、知童は寛永十五年十二月二十日寂す、十名地蔵尊を安ず、駿州普陀山久能寺禅清僧正の感得せし地蔵尊といふ、(新編武蔵風土記稿より)
光取寺の周辺図