宗参寺辨天堂|宗参寺の飛地境内
宗参寺辨天堂の概要
曹洞宗寺院の宗参寺辨天堂は、照臨山宗参寺の飛地境内にあります。宗参寺辨天堂の創建年代等は不詳ながら、御府内寺社備考の宗参寺項に「辨財天社本社土蔵九尺四方、拝殿間口三間奥行二間、辨財天紀立像丈二尺五寸、云々」と記載され、脇立に毘沙門天・大黒天を、また十五童子像従えていたと記しています。「牛込區史」では、善國寺毘沙門天堂と比較して「同じ七福神の中にありながら」と記していることから、新宿七福神を構成していたのかもしれません。当地は宗参寺の飛地境内で、地名弁天町の由来となった辨天堂です。
山号 | 照臨山 |
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院号 | - |
寺号 | 宗参寺 |
宗派 | 曹洞宗 |
住所 | 新宿区弁天町 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
宗参寺辨天堂の縁起
宗参寺辨天堂の創建年代等は不詳ながら、御府内寺社備考の宗参寺項に「辨財天社本社土蔵九尺四方、拝殿間口三間奥行二間、辨財天紀立像丈二尺五寸、云々」と記載され、脇立に毘沙門天・大黒天を、また十五童子像従えていたと記しています。「牛込區史」では、善國寺毘沙門天堂と比較して「同じ七福神の中にありながら」と記していることから、新宿七福神を構成していたのかもしれません。当地は宗参寺の飛地境内で、地名弁天町の由来となった辨天堂です。
「牛込區史」による宗参寺辨天堂の縁起
辨財天祠
辨財天の祠は、同町(辨天町)十六番地に在り、赤色門に同じ矢来を結び内に松樹あり、辨財天の祠は素木瓦葺にして、四間四方に過ぎず、辨財天の扁額を懸け、鰐口をたる、堂守も其の内に住居す、神楽坂の毘沙門天は繁昌彼が如くなるに、同じ七福神の中にありながら、其の反對のさまはいぶかし、抑々辨財天の愛嬌なきに因るか、将た之を繁昌せしむるものなきに因るか。(「東京名所図会-牛込區」より)
宗参寺辨天堂の周辺図