十劫山宗源寺|山の手三十三観音
宗源寺の概要
浄土宗寺院の宗源寺は、十劫山正覚院と号します。宗源寺は、真蓮社信譽上人が寛永8年(1631)牛込横寺町に創建、万治2年(1659)当地へ移転したといいます。山の手三十三観音霊場11番札所です。
山号 | 十劫山 |
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院号 | 正覚院 |
寺号 | 宗源寺 |
住所 | 新宿区早稲田町82 |
宗派 | 浄土宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | 山の手三十三観音霊場11番 |
宗源寺の縁起
宗源寺は、真蓮社信譽上人が寛永8年(1631)牛込横寺町に創建、万治2年(1659)当地へ移転したといいます。
「牛込區史」による宗源寺の縁起
十劫山正覺院宗源寺 知恩院末
寛永八年頃横寺町に起立、萬治二年三月廿九日早稲田に移つた。寺地の一半は小石川四家本住寺の跡地で、天文四年買ひ添へたと云ふ。開山真蓮社信譽上人、寛永五年十二月十五日寂。開基俗姓宇佐美久甫、卒年不明。舊境内済松寺領年貢地四百九十五坪。(「牛込區史」より抜粋)
御府内寺社備考による宗源寺の縁起
京都知恩院末 牛込早稲田
十劫山正覚院宗源寺、境内済松寺領年貢地四弱九十五坪
起立寛永八辛亥年牛込榎寺町ニ有之起立候処万治二己亥年三月廿九日早稲田町江引移り申尤年貢地之内百五拾坪を地続小石川四ツ家町本住寺跡地ニ付元文四未年右買添申候。
開山真蓮社信譽上人及存助久寛永五年十二月十五日寂。
開基俗称宇佐美久松与申〇甲府ニ住夫婦ノ木像〇法名卒年相知府申候。
本堂六間四方。本尊阿弥陀如来、慈覚大師作丈二尺八寸木佛立像。崇源院様御尊牌、御紋付。
観音堂、九尺二間。十一面観音、行基作木立像丈八寸。子育観音、木立像丈三尺一寸五分、山ノ手三十三所之内第十一番。(御府内寺社備考より抜粋)
宗源寺の周辺図