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大宮前春日神社|杉並区宮前の神社

大宮前春日神社の概要

大宮前春日神社は、杉並区宮前にある春日神社です。大宮前春日神社は、大宮前新田開墾の名主井口杢右衛門が慈宏寺と共に当社を大宮前新田の鎮守として万治年間(1658-1660)に創建したと考えられています。明治5年村社に列格していました。

大宮前春日神社
大宮前春日神社の概要
社号 春日神社
祭神 武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売命
相殿 -
境内社 第六天神社、御嶽神社・稲荷神社
祭日 例祭日9月15日
住所 杉並区宮前3-1-2
備考 旧大宮前新田鎮守



大宮前春日神社の由緒

大宮前春日神社は、大宮前新田開墾の名主井口杢右衛門が慈宏寺と共に当社を大宮前新田の鎮守として万治年間(1658-1660)に創建したと考えられています。明治5年村社に列格していました。

杉並区教育委員会掲示による大宮前春日神社の由緒

大宮前  春日神社
この神社は、「新編武蔵風土記稿」多摩郡大宮前新田の条に春日神社とあって、「除地・二段五畝六歩・小名本村にあり、神体は木の坐像長五寸許・太神宮八幡を相殿とす。木の坐像各長五寸許、覆屋一間半四方、内に小祠を置、当村の鎮守にして、例祭は十月廿二日に修す、慈宏寺持」とあるように旧大宮前新田の鎮守で、大宮前開村の万治年間(一六五八〜一六六〇)に、農民井口八郎右衛門の勧請によって創建されたと伝えられています。
祭神は、武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売命の四柱です。
本社は、明治五年十一月に村社となり、拝殿は明治十年、本殿は明治二十一年の建築です。
境内末社に第六天神社、御嶽神社・稲荷神社があります。
境内の石燈籠二基は文久二年(一六八二)十月の造立です。
石造りの大神鹿一双は明治二十七年四月に、小鹿一双は明治三十三年四月に、それぞれ氏子の奉納といわれています。
社殿前の「大宮前鎮守」の石碑は、この地域の地名変更に伴って”大宮前”の地名を保存する意図で造立されたと言われています。
本社では、元下高井戸八幡神社宮司斎藤近大夫の指導によると伝えられる”早間の大宮前ばやし”が、今も郷土芸能として例祭日に奉納されます。(杉並区教育委員会掲示より)

「杉並の神社」による大宮前春日神社の由緒

大宮前春日神社
当社は、「新編武蔵風土記稿」多摩郡大宮前新田の条に春日社とあって、「除地・二段五畝六歩・小名本村にあり、神体は木の坐像長五寸許・太神宮八幡を相殿とす。木の坐像各長五寸許、覆屋一間半四方、内に小祠を置、当村の鎮守にして、例祭は十月廿二日に修す、慈宏寺持」とある。大宮前新田は寛文十(一六七〇)年に豊島郡関村の農民八郎右衛門らが開いた村で、本社も井口氏が勧請したと伝えられる。本社の別当慈宏寺は、寛文年間(一六六一〜七二)の創建と伝えるので、その前後に創建されたとみて差支えあるまい。関村の史料は現に武蔵野市の井口氏宅にある。明治十二年の「神社明細帳」東京都公文書館蔵には当社について、
大宮前新田字北中宿 村社 春日神社
一、祭神、武甕槌命、天児屋命、経津主神、毘売命
一、由緒、不詳
一、社殿、焼失ニ付営繕中(本社拾弐坪、明治十八年届)
一、境内坪数、一反八畝八歩 官有地
一、境内末社一社(四尺四方 明治十八年届) 稲荷神社 祭神受持神
一、氏子戸数 八十四戸
とあるが、今日の春日神社は左のごとくである。
一、祭神、武甕槌命、天児屋命、経津主神、毘売命
二、境内末社(二社)第六天社・御嶽神社(以上合殿)、稲荷神社(一殿)
三、境内地 六二二坪
四、主要建物、本殿二・八坪、幣殿三坪、拝殿五坪、神楽殿六坪、神輿庫一・五坪、社務所一一坪
五、例祭日、九月十五日
六、由緒
当社は旧大宮前新田の鎮守で、創建は大宮前新田開村の万治年間(一六五八〜六〇)に開村の農民井口八郎右衛門によって勧請したと伝えられている。明治五年十一月村社に列した。
境内末社に、第六天神社・御嶽神社(以上合殿)、稲荷神社(一殿)の二社がある。本殿は明治二十一年、拝殿は同十年の建築である。現在の際日は九月十五日である。
石燈籠二基は文久二年十月の建設、石造の大神鹿一双は明治二十七年四月、小鹿一双も同三十三年四月に氏子から奉献されたものである。
社殿に向って右に「春日神社」の社号標、左に「大宮前鎮守」の石碑があるが、これは地名変更にともない大宮前の地名が失われるのを保存しようとの意図から建立したものである。なお、近時になって夏には盆おどり、十一月十日から十五日にかけて菊の展覧会を催している。(「杉並の神社」より)


大宮前春日神社の周辺図


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