龍飛山法善寺|台東区東上野にある浄土真宗系単立寺院
法善寺の概要
浄土真宗系単立寺院の法善寺は、龍飛山と号します。法善寺は、本願寺第十三世宣如上人の法弟中山浄賢が寛永10年(1633)神田に創建、明和9年(1772)の火災に罹災し、浅草本願寺へ移転、文化3年(1806)の火災により当地へ移転したといいます。
山号 | 龍飛山 |
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院号 | - |
寺号 | 法善寺 |
住所 | 台東区東上野6-17-3 |
宗派 | 浄土真宗系単立 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
法善寺の縁起
法善寺は、本願寺第十三世宣如上人の法弟中山浄賢が寛永10年(1633)神田に創建、明和9年(1772)の火災に罹災し、浅草本願寺へ移転、文化3年(1806)の火災により当地へ移転したといいます。
「浄土真宗東派明細簿」による法善寺の縁起
武蔵國豊島郡東京浅草北清島町百五番地
東派本願寺末 真宗 法善寺
開基中山姓法名浄賢本願寺第十三世宣如上人法弟寛永十年五月十九日武蔵國豊嶋郡江戸神田ニ於テ創立明和九年二月廿九日回禄ノ災ニ罹リ諸記録等悉ク灰燼トナル因テ履歴不詳其後浅艸本願寺境内エ移轉文化三年三月四日再焼失ノ際本願寺第廿世達如上人ノ命ニ依テ同九年六月廿三日現今ノ地ヱ更ニ移轉ス其賞トシテ壱貫代讃文附六字名号ヲ賜フ従来寺格第十一世住職中山賢照代
嘉永五年四月二十七日堂班餘間出仕許可(「浄土真宗東派明細簿」より)
法善寺所蔵の文化財
神田の名主で、江戸名所図会、東都歳時記や武江年表を刊行した斉藤家の墓があります。
- 斉藤長秋三代墓(東京都旧跡)
- 木造法然上人立像(台東区登載文化財)
木造法然上人立像
浄土真宗の法善寺には、江戸時代初期の寛文11年(1671)に制作された法然上人立像があります。法然(1133-1212)は、鎌倉時代の名僧で浄土宗の開祖と仰がれていますが、浄土真宗を開いたとされる親鸞 (1173-1262)の師であるため、浄土真宗でも篤く敬っています。
本像は、像高73.5cm。老境の法然が、歩き出すさまを表現したものです。像内には、古文書3点と小仏1躰が納められています。古文書のうち、2点は寛文11年7月15日の日付があり、法然上人像の造立に関わった167人の名を記しています(こうした古文書を「結縁交名状」といいます)。他の1点は、小仏の由来を記したものです。小仏は、像高6.2cm。損傷がはなはだしいのですが、鎌倉~室町時代(中世)制作の阿弥陀如来立像と思われます。
像内の古文書、あるいは本寺に伝わる他の古文書によれば、本像は、寛文11年に聞明山聖徳寺(松が谷二丁目)の行誉という僧侶が中心となり造立しましたが、その後、千住小塚原(現荒川区南千住付近)栄安寺の什物となり、明治初期に栄安寺が廃寺となったため、同26年法善寺に納められたということです。
本像は、制作年代や伝来が明らかであるだけでなく、像内にはその旨を記した古文書、中世の小仏を納めており、区内でも貴重な遺品のひとつです。
法善寺の周辺図
参考資料
- 「浄土真宗東派明細簿」