霊梅院|台東区谷中にある臨済宗妙心寺派寺院

猫の足あとによる東京都寺社案内

百丈山霊梅院|台東区谷中にある臨済宗妙心寺派寺院

霊梅院の概要

臨済宗妙心寺派寺院の霊梅院は百丈山と号します。霊梅院の創建年代は不詳ながら、大江院殿円海了智居士(俗名境野六左衛門)が開基となり創建、貞享元年(1684)元金杉から谷中へ移転したといいます。開山は神龍和尚、開基は境野六左衛門(大江院殿円海了智居士、元禄11年1698年卒)だといいます。

霊梅院
霊梅院の概要
山号 百丈山
院号 霊梅院
寺号 -
住所 台東区谷中5-8-19
宗派 臨済宗妙心寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



霊梅院の縁起

霊梅院の創建年代は不詳ながら、大江院殿円海了智居士(俗名境野六左衛門)が開基となり創建、貞享元年(1684)元金杉から谷中へ移転したといいます。開山は神龍和尚、開基は境野六左衛門(大江院殿円海了智居士、元禄11年1698年卒)だといいます。

「下谷區史」による霊梅院の縁起

靈梅院(谷中初音町三丁目三二番地)
淺草海禅寺末。承應年中、境野小兵衛宗信、下谷金杉(今、根岸邊)に開基し、上野國那波郡柴村泉龍寺住職神龍を請じて開山としたと傳へられるが、小兵衛は正徳五年御徒に召加へられ、後、組頭となつた(寛政重修譜)といへば、召出される六十餘年前に開基したことゝなる故、この寺傳はなほ攻究すべき餘地があらう。尋で貞享元年六月同所東叡山の增地に編入せられ、代地として現地を給せられて移轉した。昔境内に初音の森があつたが火に遭うて亡びてしまつた。(「下谷區史」より)

御府内寺社備考による霊梅院の縁起

浅草海禅寺末 谷中不唱小名
百丈山霊梅院 境内拝領地270坪5合余。
当寺元金杉ニ有之候処、延宝8年厳有院様御仏殿用地ニ被召上。貞享元年6月谷中片町へ代地被下置候。其時之寺社奉行松平山城守様被仰渡候。引料として金22両2分被下置候。
開山神龍和尚、年号不知6月26日遷化。
開基大江院殿円海了智居士、俗名境野六左衛門。元禄11年寅年11月22日卒。
本堂間口6間奥行4間半、本尊釈迦如来木座像。鎮守稲荷社。
以上丙戌書上。
初音の森霊梅院境内にありしか、回録に亡ひ名のみ残る。(江戸砂子)
初の事今其伝なし。境外に鶯谷の名あり(改撰江戸志)(御府内寺社備考より)


霊梅院の周辺図


大きな地図で見る

参考資料

  • 御府内寺社備考
  • 「下谷區史」