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専修院|豊島区駒込にある浄土宗寺院、北豊島三十三ヶ所霊場33番札所

専修院の概要

浄土宗寺院の専修院は、正業山迎接寺と号します。専修院は、元和3年(1617)浅草新寺町に創建、東京府による市区改正事業のため明治41年に当地へ移転したといいます。北豊島三十三ヶ所霊場27番札所です。

専修院
専修院の概要
山号 正業山
院号 専修院
寺号 迎接寺
住所 豊島区駒込7-2-4
宗派 浄土宗
本尊 木像阿弥陀如来坐像
葬儀・墓地 -
備考 墓地受付中、北豊島三十三ヶ所霊場27番



専修院の縁起

専修院は、元和3年(1617)浅草新寺町に創建、東京府による市区改正事業のため明治41年に当地へ移転したといいます。

「豊島の寺院」による専修院の縁起

専修院は、元和3年(1617)に(一説に慶長2年=1597)開山である得蓮社業誉上人迎阿弁教和尚が江戸の浅草新寺町(現台東区松が谷1丁目)に創立した浄土宗の寺院であり、正式には正業山専修院迎接寺という。本尊は阿弥陀如来である。
その後、東京府による市区改正事業のため、明治41年(1908)に浅草区北松山町61番地から北豊島郡染井888番地(現在地)に移転し、現在に至っている。この土地は、江戸時代に多数の植木屋が集住していた上駒込村を代表する伊藤伊兵衛の屋敷跡と考えられ、平成9年4月から6月にかけて実施された埋蔵文化財発掘調査では、おもに植木屋が繁盛した江戸時代後半の遺構が発見された。建物の礎石や地下室のほか、溝や生垣を何度も作りなおした跡などがあり、広い敷地の中を区切って利用していた様子がうかがえる。さらに縄文土器も出土しており、周辺に縄文時代の遺構が広がっていることも確認された。
境内には、伊兵衛に関係するとみられる寛永18年(1641)造立の宝篋印塔をはじめ、乾元2年(1303)造立の板碑、富士講先達の元祖である藤原角行や浄瑠璃の富本節家元である富本豊前掾代々の墓など、多くの貴重な文化財が残されている。

御府内寺社備考による専修院の縁起

西久保天徳寺末 浅草新寺町 
正業山迎接寺専修院、境内拝領地750坪。
当寺起立之儀、数度類焼ニ而旧記無御座、相知不申候。
開山得蓮社業誉上人迎阿弁教和尚、元和3年3月29日示寂。
客殿、本尊阿弥陀如来、本座像長2尺4寸。脇立観音勢至、共長1尺4寸。 地蔵尊、善導大師。弘覚大師安置。右地蔵尊別ニ堂有之候処、類焼後再建不仕候。
富士浅間社。稲荷社。以上甲乙書上


専修院の周辺図


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