酒井根薬師堂|柏市酒井根にある寺院

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酒井根薬師堂|酒井根の弘法大師八十八ヶ所

酒井根薬師堂の概要

寺院の酒井根薬師堂は、正長元年(1428)の創建と伝えられ、天正5年(1577)に再建されたといいます。梵音寺住職河瀬鳳瑞師が、安政2年(1855)梵音寺を退隠、堂守となり境内を整備、信徒を募り文久2年(1862)に弘法大師八十八ヶ所の石像を建設したといいます。現在は安楽山龍光寺(曹洞宗)が管理しています。

酒井根薬師堂
酒井根薬師堂の概要
山号 -
院号 -
寺号 -
住所 千葉県柏市酒井根7-11
宗派 -
葬儀・墓地 -
備考 -



酒井根薬師堂の縁起

酒井根薬師堂は、正長元年(1428)の創建と伝えられ、天正5年(1577)に再建されたといいます。梵音寺住職河瀬鳳瑞師が、安政2年(1855)梵音寺を退隠、堂守となり境内を整備、信徒を募り文久2年(1862)に弘法大師八十八ヶ所の石像を建設したといいます。現在は安楽山龍光寺(曹洞宗)が管理しています。

境内掲示による酒井根薬師堂の縁起

柏市文化財めぐり
酒井根八十八ヶ所と薬師堂
言い伝えによりますと、この薬師堂は正長元年(一四二八年)創建とされ、薬師如来を本尊としています。天正五年(一五七七年)本堂を再建し、その後、安政二年(一八五五年)二月、武蔵国葛飾郡長嶋村(現在の東京都江戸川区東葛西)梵音寺の住職であった河瀬鳳瑞師がこの薬師堂の堂守りになりました。
師は境内の清掃はもとより、遠近に托鉢しては資金を集めたり、薬師堂正面の急坂に石段を作るなど、境内の整備にあたりました。
また、信徒を募って西国八十八ヶ所の石造を模したものを建立し、師自ら四国を巡拝して各霊場の土を持ち帰り、これをそれぞれの石像の下に埋めたと言われています。
四国の八十八ヶ所巡りなどは、だれもが行けるものではありませんので、ここをお参りすることによって「本家」の八十八ヶ所を巡拝したのと同じようにご利益を期待しようとするものでした。
石像に刻まれた寄進者の名前を見ますと、酒井根の人だけで造られたものの十五基の他、他村の人との共同で造られたもの、また、柏市域の村の名や流山、松戸氏行の名も見られます。
正面登り口左側にある石柱は文化九年(一八一二年)現在のバス通りの方に建立されました。この石柱は、道しるべとしても大いに役立っていましたが、昭和初年、道路改修で現在の場所へ移されました。(柏市文化財保護委員会・柏市教育委員会・龍光寺掲示より)

「柏市史資料編」による酒井根薬師堂の縁起

薬師堂(土村酒井根上ノ台574番地)
土村酒井根字上ノ台五百七十四番地ニ在リ。人皇百代称光天皇正長元年(皇紀二千八十八年)十一月ノ創建ニシテ、薬師如来ヲ本尊トス。人皇百五代正親町天皇天正五年(皇紀二千二百三十七年)十月本堂ヲ再建シ、旧堂ヲ守リノ寓居トナセリ。人皇百二十代孝明天皇安政二年(皇紀二千五百十五年)二月河瀬鳳瑞ト云フ僧侶、武蔵国葛飾郡長嶋村梵音寺住職ヲ辞シ薬師堂守リトナリ、孝明天皇文久二年(皇紀二千五百二十二年)八月信徒ノ寄付ヲ仰ギ、石段及ビ八十八ヶ所ノ石像ヲ建設シ、毎月十一日ニハ薬師講ト称シテ区ノ老母集合シ念仏ヲ称ヘリ。(「柏市史資料編」より)


酒井根薬師堂の周辺図

参考資料

  • 「柏市史」
  • 「千葉縣東葛飾郡誌」